「鉄板ナポリタンだ!」
ミチとボーちゃんは同時に叫んだ。二人の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「俺、食べ物メニューで、これが一番好きだったんだよ」
「わたしも。おじいちゃんにこればっかりねだって、笑われた」
一口食べると、その違和感のなさに驚く。
「な、一緒の味だろ。きっとマスターはこういう繋がりを、ミッちゃんに残したかったんじゃないかな」
博さんは笑って、新しいタバコに火をつけた。
二人がZUZUを後にしたのは、午後の5時過ぎだった。日差しはまだ明るいけれど、風の中にほんの少し、夕方の匂いが混ざっている。結局、他のお客さんが来ることはなかったな。そう思ってミチが振り返れば、ドアにはいつの間にか『貸切』の札がぶら下がっていた。ボーちゃんがそれを外して、看板の上にそっと置く。そしてミチの手を握ると、来た道を戻り始めた。
「今日はありがとう。おかげで父さんの供養ができたよ」
「ほんと?わたしの話ばっかりになった気がするけど」
ボーちゃんは「大丈夫」と言って、繋いだ手をぐんっと大きく前にふった。
「ねえミチ、俺はここに骨を埋めるよ」
「今更なに?ずっと住んでるじゃない」
「蒲田で家庭を持って、町内会に入ったりするって事。そして、その相手はミチがいいなって事」
「えっ」
思わずミチは立ち止まった。一歩先に足を踏み出していたボーちゃんが振り返る。その表情は逆光になってよく見えなかったが、照れているだろうことは長い付き合いでわかった。
「それってアレなの?」
「うん、アレ。指輪はまだないけど」
「いや、それは別にいいけど」
ミチがもごもご答えると、ボーちゃんは正面に広がるアーケード商店街に目を向けた。ミチもつられて同じ方向を見る。様々な表情の老若男女が、泳ぐように行き交っていた。
「俺は蒲田のこと、みそ汁みたいに思ってる。地味だけど、飽きない。メイン料理を引き立てるけど、主役にもなれる。それにみそ汁ってさ、どんな具を入れても、全部ちゃんと受け止めるでしょ。だから俺もそうなろうと思って。この町の嫌なところも、新しい住人も、ただの通りすがりも、みんな受け入れたい。広さより深さを追求したい。懐をでっかくしたいんだよ」
ボーちゃんはそう言って、いっそう強くミチの手を握った。
「で、どうなの。返事は?」
「わたしは」