「えっ、ボーちゃんのお父さんも、蒲田の人じゃないの?」
「九州だよ。家族と折り合いが悪くて故郷を捨てたんだ。で、蒲田が気に入って、ZUZUの常連になって、ついにはパン屋を始めたってわけ」
「やだ、おじいちゃんみたいじゃん」
「うん、似てるよね。そのせいか、父さんがパン屋を始める時、商店街の人に口を聞いてくれたそうだよ。父さんよく、『マスターは、東京の親父だ』って言ってた。ジイさんが倒れたときには、真剣にZUZUを継ごうとしてたからね。結局、母さんに怒られて諦めたんだけど」
「で、同じく常連だった俺が、名乗りを上げたってわけ」
「博さんは、どこ出身なの?」
「俺は東京。だけど、仕事がどうにもしっくりこなくてね。種類は違うけど、根が張れなかったって意味では同じかな。ミッちゃんみたいに、これだと思う仕事に早くから巡り会えた人には、あんまりピンとこないかもしれないけどね」
すると、ボーちゃんがカウンターへ身を乗り出して、ニヤリと笑った。
「ここ継いだ時、博さんすっごく奥さんに怒られたんでしょ?父さんに聞いた」
博さんは、うるせ、と笑いながらボーちゃんの頭をぐいっと押し戻した。
「かみさんに相談せず、勝手に仕事やめちゃったからねえ。年は40半ばで退職金も多くない、家のローンは残ってるし、ほんと離婚寸前だったよ。でも、マスターが病み上がりの体を押して、一緒に頭下げてくれてさ。『こいつが生き直すチャンスをやってください』なんて言っちゃって。あれはうれしかったなあ」
「博さんからお店継ぎたいって聞いて、おじいちゃん一気に回復したのよね。あれがなかったら、最初の発作でそのまま亡くなっていたかもしれない」
「俺にとってもマスターは、もうひとりの親父だからな」
再び沈黙が落ちたが、それを破ったのはボーちゃんだった。ピーナッツの空袋を手で弄びながら、言った。
「ところでさあミチ。そろそろ教えてよ」
「何を?」
「お店継がない本当の理由」
「さっき言ったじゃない」
「そう?もし地元が代官山でも、一緒の事を言うかなあ」
ボーちゃんの、いつもは重たげなまぶたがぱちっと開いている。ミチはむっつりと黙り込み、博さんはニヤニヤと笑った。
「ああ、そういうこと!なるほど、ミッちゃんオシャレだもんなー」
ミチは、違うと言いたかったが、ボーちゃんの目がああなったら、嘘やごまかしは効かない。しぶしぶ口を開いた。
「さっき言ったことも嘘じゃないよ。でも蒲田って、神田や深川みたいに粋な下町じゃないよね。かといって、浅草みたいな観光のシンボルもないしさ。巣鴨みたいに特化してる訳でもない。なんか個性がないの、全部が中途半端。ここに暮らしてたら、自分までそうなりそうで、嫌なの」
てっきり笑われると思ったけれど、博さんはふうっと煙を吐いて「わからんでもないよ」と言った。