「あー、本当はここで昼飯を食いたかったのに。昨日の夜更かしがまずかったよ」
「だから早く寝ようって言ったじゃない」
「けどさ、やっぱりそうはいかなくない?」
そんな話をしていると、青年が丸い紙製のコースターにそれぞれの飲み物を置いた。そしてナッツの小袋を隣に並べる。
「スタバじゃこんなのつかないヨ。うちの店、良心的デショ」
「良心的なんて、ジダンは難しい言葉を使うなあ」
ボーちゃんは早々に袋を開け、ナッツをカリカリと食べている。ミチも袋を手に取り、青年に話しかけた。
「おまけがつくって珍しいね。それにこのお菓子も」
「これネ、『うすピー』って言うノ。でも『でん六豆』とか『ポリッピー』と呼ぶ人もいるネ」
「昔からずっとこれなの?」
「そう、博さんずっと一緒のナッツ、一緒のコーヒー、一緒のスパゲッティ。時が止まってるヨ」
ジダンの言葉にボーちゃんが笑うと、玄関のドアベルがカランカランと鳴って、大きな声がした。
「よー、荒太くん、先月以来だね」
「博さん、こんにちわ」
「お、彼女?いいねえ」
「うん、ここ紹介したくて連れてきた。ミチ、あの人が店主の博さん」
玄関に背中を向けていたミチだが、ボーちゃんの声に振り向いて頭を下げる。途端に、博さんが素っ頓狂な声をあげた。
「ミッちゃん!?彼女ってミッちゃんなの?」
「ご無沙汰してます、博さん。店を守っていただき、ありがとうございます」
ミチのあいさつに、ボーちゃんが眉根を寄せて首をかしげた。
「え、なに?ミチ、博さんと知り合いなの?」
「あれ、聞いてない?荒太くん。ミッちゃんはね、先代のマスターのお孫さんだよ」
「ええっ!ジイさんの?」
今度はボーちゃんの素っ頓狂な声が、店内に響き渡った。
ZUZUはミチの母方の祖父の店である。幼い頃からよく出入りしていて、今ボーちゃんが座っている席で、ぬり絵をしたり、常連さんに遊んでもらっていた。祖父もZUZUも大好きだったミチは、小学校の高学年には看板娘として店を手伝っていた。しかし高校生になった頃には、すっかり足が遠のいてしまった。
「なんで教えてくれなかったんだよ、おじいさんのこと。水くさいじゃん」
ボーちゃんが不満げに腕を組んだので、ミチはごめんね、と謝った。
「わたしね、高校1年の時におじいちゃんと、すっごい大ゲンカしたの」
「なんで?」
「実家の美容院を継がないって言ったから。おじいちゃん、『地元を大事にしないやつはろくなもんじゃない』って怒ってさ。大げさじゃない?よくあることじゃん」
「サロン・キトーは、この商店街が出来たときからの店だからなあ」