まるで隣町へ呼び寄せるような気軽さに、ミチはハルカの世界が広がっていると感じていた。その度に胸がざわめいて落ち着かない。そしてボーちゃんがくすんで見えた。マイペースなボーちゃん。髪に寝ぐせがあっても気にしないボーちゃん。これまでは、そんなところが好きで、一緒にいるのが心地よかったのだけれど。
ミチは少しだけ息を吐いて、ようやく時江ばあさんから解放されたボーちゃんを、笑顔で迎えた。
二人はそれからも商店街を歩いたが、ボーちゃんは3つ目の角で左に曲がって、アーケードを抜けた。ミチが小さく眉をひそめたのには気づいていない。そして、地味な喫茶店の前でぴたりと足を止めた。ドアの右手前には「純喫茶ZUZU」と書かれた四角い看板が出ている。木枠のガラス戸や、窓際に置かれたベコニアのプランターが、昭和を思わせた。
にっこり笑ったボーちゃんは、驚くミチの手を引いて店内に入った。カランカランとドアベルの音が響き、「いらっしゃイ!」という明るい声が二人を包む。
「こんにちわ、博さんは?」
ボーちゃんはそう言いながら、勝手知ったる様子でカウンターの最奥席に腰を下ろす。ミチがその隣に座ると、東南アジア人の青年が、水とおしぼりを出してくれた。
「今、ちょっと買い物だヨ。すぐ戻ってくる。何飲む?」
「俺、トマトジュース。ミチは?」
「アイスティー」
「オッケー」
青年がドリンクを作り始めると、ボーちゃんはニコニコしながら、「驚いた?こんな近場で」と言った。
「驚いた。ここがお父さんとの思い出の場所なわけ?」
ミチはそう言って、ぐるりと店内を見渡した。入口から向かって右手にカウンター席が5つ。左手には2人掛けのテーブル席が4つのこじんまりした店だ。ドアの横には2段の棚があって、少年漫画や女性向け週刊誌、スポーツ新聞が綺麗に並べてあった。壁には時計と、アフリカ製っぽい謎の仮面が3つほど飾られている。まさしく「昔なつかしの喫茶店」という感じだ。
ボーちゃんはおしぼりで手を拭きながら、ミチの問いにうなずいた。
「父さん、ここの常連だったんだ。俺はたまにしか連れてきてもらえなかったけど、その時はなんでも好きなもの食べさせてくれた」
「ふうん、ボーちゃん何頼んでたの?」
「チョコレートサンデー。姉ちゃんはクリームソーダかミルクセーキ」
「なんか古っぽいメニューだね」
「うん。前の店主が戦前生まれのジイさんだったから。跡を継いだ博さんは、当時の内装や食器やメニューをそのまんま使ってるんだ。だから昭和臭がすごいでしょ。ほら見て」
そう言ってボーちゃんは、茶色い合皮のカバーがかかったメニューを開いた。レモンスカッシュ、プリンアラモード、ハヤシライス、マカロニグラタン。今ではあまり見ない、でも古い映画には必ず出てくるような飲み物や食べ物が、ずらりと並んでいる。