「だったら尚更。マミちゃんの店にすればいいのに」
「大きな本屋も沢山あるし、インターネットで買うことだって読むことだってできる時代だし、町の小さな本屋はもう厳しいのよ。それに」
マミちゃんはそこで言葉を切ると、「ねえ、お客さん全然来ないし、閉めちゃって秘密の場所いこっか」いたずらっ子みたいな顔で言った。
マミちゃんの言う「秘密の場所」とは、ここ、駅ビルの屋上遊園地だ。地元の人間なら誰だって知っていて、誰だって来たことのある場所。マミちゃんと一緒に来たのは私が中学生になってからで、どこに連れていってくれるのかとワクワクしていたから拍子抜けしたのを覚えてる。こんなとこ秘密でも何でもないって言ったら、マミちゃんは笑ってた。
観覧車に乗るのはさすがに恥ずかしいけど、マミちゃんとなら乗ってもいいかも。初めて二人でここを訪れた日、そんなことを考えていたけれど、マミちゃんは屋上のベンチに腰掛けて観覧車を眺めているだけだった。以降、ここに来る日はずっとそうだった。マミちゃんはぼんやりと観覧車を眺めているだけ。私はそんなマミちゃんを、ぼんやりと眺めているだけ。
「ねえ、また今更なこと訊いていい?どうしてここが秘密の場所なの?」
あの日、閉店を知った日、そう訊いた。マミちゃんは観覧車を見つめたまま、
「好きだった人と初めて話した場所だから」
と言った。耳のてっぺんが赤くて、照れているのがわかった。それが可愛くて、私はマミちゃんの肩を小突きながら訊いた。「いつの話?」
ちらりとこちらを見、また観覧車の方を向き直ったマミちゃんは、「今のアサミくらいの頃よ」笑いを含んだような声で答えた。小学生の頃から好きだった男の子。スポーツ万能で、クラスの人気者。ほとんどの女の子が一度は片思いしたことのあるような男の子。そんな子を、小学校から高校まで、しつこくずっと好きだったのよ、と。
ゆっくりと回る観覧車を眺めながら、私はあの日のマミちゃんの言葉を思い出す。そうして、マミちゃんが子どもだった頃を思い浮かべようとする。今の私と同じ、高校生だった頃の姿も。だけど浮かぶのは、美しい、夏のようなマミちゃんの姿だけだ。
瞬間、何かが弾けるような音がして、驚いてそちらに顔を向ける。転んだのだろう、男の子が声を上げて泣いていた。何かが弾けたと思った音は、その子の泣き声だった。
私もね、泣き虫だったの。
マミちゃんの言葉が蘇る。あの日も、今みたいに小さな男の子が泣いていた。若いお母さんに抱きしめてもらって、 すぐに泣き止んで、観覧車へと駆けていく姿をマミちゃんと見ていた。
「あの子は強いね。私なんて、一回泣き始めるとずっと泣いちゃって。自分でもなんで泣いてるのかわかんなくなっても、しくしくしちゃって。よくね、お父さんに叱られた」