「すごいすごい。マサキさんかっこいい~」最後の場当たり稽古を終えると、空がそう言ってマサキさんの腰をはたいた。こないだ会ったばかりなのにもう懐いてやがる。俺と初対面の時にはモジモジしていたくせに。しかしどうにか形になって良かった。ハットとサングラスにスーツというイカツイ出で立ちのマサキさんも嬉しそうだった。
「マサキさんがいてくれて本当に助かりました。明日も、宜しくお願いします」短い期間だったが俺達の間にも確かな絆が生まれたのだ。固く握り合った拳の感触に、そんな事を思わされた。
アーケードの屋根が途切れた所に、噴水広場がある。普段は近隣の老人が集う憩いの場だ。噴水を背にする形で設置されたステージ脇の控え室で、俺はひとり妙に緊張していた。マサキさんは演出の都合上、舞台の逆袖側の控え室で待機している。控え室といっても簡素なもので、パーテイションを数枚並べ、パイプ椅子と机、姿見を置いただけのオープンエアだ。夏空から降り注ぐ陽光と本番前の緊張のおかげでスーツの下は汗だくである。
「フワさん。すごい人だよお」空が入って来た。「あれ、緊張してるの」
「うるさいな。ヒーローの舞台裏を見るんじゃない」パーテイションの隙間からステージ前を覗く。見知った面々の他に、若者の姿も多く見られた。今時の若者が何故こんなものを見に来るのだ。
「あっ」その中に、ショッピングセンターのCD屋の店員や、アイスの売り子をしていた女の子の姿があった。
「どうしたの」
「駅向こうのビルの奴らがいるぞ」
「応援に来てるみたいよ。マサキさんが言ってた」
「なんで応援になんか来るんだよ」
「社長が悪役をやるのが見たいんでしょ。あっ」空が慌てた様子で口を押さえた。そして、丁度その時杖をついてやってきた浩司さんの背後にそそくさと逃げ隠れた。
「浩司さん。もう大丈夫なんですか」
「歩く位なら問題ないってよ。それに、本番をどうしても見たくてな。袖から見させてもらうよ。んで、なんで空は隠れてんだ」
「そうだどういう事だ。社長ってなんだ」
「ごめん浩司さん。マサキさんのこと、喋っちゃった」
「ん。そうかあ。まあ、もういいだろ。……お前には黙ってたんだがな、正輝は俺の弟だ。駅向こうのショッピングセンターで代表取締役をしている」はじめは異国の言葉を聞いているかのようで理解出来ずにいたが、脳がやっとこさ追いついた途端、衝撃が俺の体内を駆け抜けた。緊張など一気に吹き飛ぶほどだ。
「な、なんすかそれは。なんで、俺には黙ってたんですか」
「お前、あそこが大嫌いだってしょっちゅう言ってるじゃねえか。だからなんか言いづらくてな。あそこの社長なんざお前にとっちゃ悪の親玉みたいなもんだろ。一緒に芝居なんて出来ないかと思ってよ」
「けど、今まで見た事もないですよ」
「あいつも家庭があるし、そう頻繁に実家に戻ってこねえよ。正月は家族連れて遊びに来るけど、お前も実家に帰ってるだろ。空は会った事あるよなあ」
お咎めなし、と見てとって安心したのか、嬉しそうに頷いてから空は言った。「昔兄弟でおんなじ劇団に入ってたんだって」