「え。じゃあ、浩司さんも芝居やってたんですか。どおりで、なんか慣れてると思ったんだよなああ」浩司さんは恥ずかしそうに鼻の頭を擦っている。何も知らなかったのは自分だけなのか。混乱する俺をよそに、突如音楽が鳴り響いた。疾走感と勇気を押し売りしたようなインストゥルメンタル。どこかで聞いた事があるような古臭いこの曲がテーマ曲なのだ。『これよりっ、地域貢献、商店GUYちょ……ショーをはじ、始めますっ』噛みまくる理事長の声がスピーカーから流れると、観客から笑いが漏れた。アナウンスなんかさせるんじゃなかった。曲がフェードアウトし、マサキさんの台詞が聞こえてくる。
『フハーーーハハハ。私は悪いセレブ。金なら幾らでも持っているぞ。フハハハ。しかし随分と寂れた場所だなここは。そして小汚い。こんな所はとっとと再開発して、タワーマンションにでもしてやろう。うんそれが良いそれが良い。いや待てよ、駅向こうのショッピングセンターのような、イケてる、最先端の、グルメな商業施設をこちら側にも作ってやろうかな』最後の部分は、マサキさんの完全なるアドリブだ。あのおっさん、見かけによらずノリノリじゃないか。この後の客いじりも少し長くなりそうだ。俺は舞台袖に通じる場所まで行くと、二人を振り返った。
「まだ整理できてないけど、とりあえずやってきます。聞きたいことはたくさんありますからそれはまた後で」『貴様はどこから来たのだ』「わかった。楽しんでこい」『こんなとこまでくるとは、相当暇なんだな』「ギャラは、はずんでもらいますからね」『そこのガキは何歳だ。子分にしてやろうか』
空が近づいてきて俺の手を握りこそりと言う。「頑張ってねヒーロー。僕もね、今度お芝居やってみたい」その一言は、なんだか妙に俺の心に染み入った。ビー玉のように煌めく空の瞳をじっと見つめていると、心が浄化されていくようだった。『貧民の貴様らと話しているのももう飽きた。そろそろ業者に電話して、この商店街を潰してもらおう』
きっかけ台詞をマサキさんが発した。俺は袖に向き直り小さく咳払いをした。
『待て待てええい』テーマ曲、カットイン。
舞台上に出てゆく。覗き見た時にはわからなかったが、はるか後方まで観客が埋め尽くしていた。センターに立って決めポーズ。シャキーン、という効果音が少しずれたが、もうどうでも良い。夥しい数の顔がこちらを見ている。団子屋のおばちゃん、切り干し大根の婆さん、タトゥーの男、グッチとその仲間達、CD屋の彼、アイス売りの娘、向かいの小池さんお隣の富士夫さん写真屋のけんちゃんスナックのサチコママ老若男女男女男女よく見かける野良犬までいやがる。大観衆に圧倒され、思わず間が空いてしまった。
『……しょ、商店街で、好きなマネはさせんぞっ』俺の慌てた様子に観客から笑みが溢れた。笑っている笑っている。こちら側の者も駅向こうの者も、関係なく笑ってやがる。
ふと、頭の中に「共存」という単語が浮かんだ。漠然と立ち現れた二文字は、俺に青臭い覚悟をもたらした。
この笑顔を、守ろう。性別年齢境遇だのなんだの、そんなものをいとも簡単に超越する、あけっぴろげなこの表情を。その為ならば、ヒーローにでもピエロにでも、なんだってなってやるさ。なんだって、やってやるさ。生きることに、疲れている場合じゃないのだ。
『なんだなんだ貴様わあっ』
ダサい名乗り口上を叫ぶべく、俺は思い切り息を吸い込む。