悪を探して歩いている。悪は何処にいるのだ。
土曜の昼下がりの商店街、長く続くアーケード下の賑わいは、どこかほのぼのとした雰囲気だ。そこそこの人数で気取らず気張らず、そこそこに活気が溢れている。種々様々な人間が集うこの場所には、ごちゃ混ぜ、という言葉がいちばんしっくりくる。
車座になり缶チューハイ片手に政治を語る爺さん達の脇を、発情期の猫のような声をあげ駆けてゆく子供達。道のど真ん中、キャリー付きの台の上で切り干し大根を袋詰めする老婆。その隣には首元までタトゥーを入れた青年がホットドックを売っている。どいつもこいつもまんざらでない表情で、慎ましく幸せそうだ。アーケードに取り付けられたスピーカーから、女児合唱団の歌う『翼をください』が流れ始めた。この商店街では土日祝日に限り、午後5時まで童謡を流し続けている。ごちゃ混ぜ感が一層強まる。
「ども。みたらしに、ソフト乗っけて」団子屋のおばちゃんは俺の顔を見てニヤリと笑った。みたらし団子を発泡スチロールの薄皿に一本置き、その上にソフトクリームの渦を巻きながら言うのだった。
「聞いたわよ。ヒーロー、やるんだって」
「ん。とりあえず一回はね」ソフトクリームの渦は4周目を終えた頃プツリと切れた。
「ちょいおまけ。頼んだよヒーローさん」
どっぷりとソフトクリームをつけた団子を頬張ると、暴力的な甘みが口いっぱいに広がる。ヘルシーだとかお洒落だとかそんな要素からかけ離れたダサい味わい。ダサうまだ。いつの間にか童謡は『おお牧場はみどり』に変わっていた。歩調が無意識に曲のリズムに合わさる。
ダサくてごちゃ混ぜなこの商店街を、俺は心の底から愛している。『よくー繁ったーもーのーだ』ほいっ。
組合会議に呼び出されたのは二週間前のことだ。
「ということで、芝居経験のある富和さんにお願いしたくてね」
理事長である酒屋の店主は柔和な笑みをこちらに向けた。俺は何も答えぬまま企画書を眺めた。
『地域貢献 商店GUY』と朱に色づいた文字の下に、概要が箇条書きにされている。商店街を守る、という設定のヒーローを作り、この辺りの振興をはかりたいのだそうだ。それはまあ良いとして、気になるのは概要の項目2に記述された文言である。
『2(主な活動)商店街の名物やお店の宣伝』
「ええと。このヒーローは、宣伝をするだけなんでしょうか。普通ほら、ヒーローといえば悪の組織のような敵と戦ったり、ってことだと思うんですけど」
「まあねえ。だけど悪役を入れるにしてもその分衣装代は嵩むし、稽古の時間も増やさないといけないわけだよ。そもそもほら、この商店街には敵なんていないじゃない。ライバルだったら駅向こうがあるけどさ。キシシシ」
「はあ……」つまり俺一人きりで、商店GUYなる闘いもしないインチキヒーローの責務を負わなければならぬということだ。冗談じゃない。辞退しようと口を開きかけたその時、隣に座っていた浩司さんがぼそりと言った。
「やってくれたら、時給百円あげちゃる」顔をやった俺に目を合わせることなく、浩司さんは小声でこうも続けた。
「それとは別に、出演料をその都度出してやる。一日三万でどうだ」