「フワさん。同じクラスの、グッチ」駆け回ったのと夏休みのテンションのせいだろう、息を弾ませて空は紹介した。グッチは俺に元気良く挨拶をすると、たちまち亀に視線を注いだ。
「亀だ。でっけえ」
「頭でも撫ででやってよ」子供達に撫でられると亀は目を細めた。
「暑いなあしかし」立ち上がり庇越しに天を仰ぎ見た。駆け出したくなるほどに威勢の良い太陽だ。亀など洗っていないでどこか行きたい。
「グッチがね、小鳥飼いたいんだって」
「そうか。色々いるから店ん中見てみな」その時、店内から「んきいい」という、それこそ小鳥の鳴くような甲高い声が上がった。
「ちょっと亀見ててくれ」俺は慌てて店内に入った。悲鳴のようだったぞ。どの子だどの子だ。順に鳥のケージを見て回るが、異常は見られない。うちでは一番幼いコザクラインコの雛がじっと眠っているのを確認した刹那、もう一度声が上がった。「ひいいい」声の出所は店の奥のようだ。倉庫の中へ入っていくと、横たわり苦悶の表情を浮かべた浩司さんの姿。
「浩司さん。大丈夫ですか」あらゆる不安が俺を襲う。浩司さんも若くはないのだ。突発的な病か、それとも。駆け寄った俺を見上げる彼の額には玉の汗が浮かんでいた。救いを求めるような顔つきで、聞いたこともない高音の絹糸のような声で、浩司さんは一言だけ俺に言った。
「ぎっくり腰」
飼料の入った段ボールを棚から下ろそうとした時、腰に激痛が走ったらしい。氷をあて揉みほぐしても痛みは緩和せず、自力で歩くことさえままならなかったので救急車を呼んだ。平和な商店街に物々しい雰囲気が漂い、近隣の人が集まってくる。担架で運ばれる浩司さんは強がって、周囲に愛想を振りまいた。「参ったよ。ぎっくり腰。へへへ」
そのまま同行した俺は、搬送先の病院で医師から説明を受けた。腰椎椎間板ヘルニアだったらしい。今後の病状にもよるが、一週間程度の入院と簡単な手術が必要であり、退院後は重労働や激しい運動をしばらく控えるように、とのこと。舞台に立つのは絶望的となった。
「すまねえな」痛み止めとコルセットが効いているのだろう、少し落ち着いた様子で浩司さんは言った。4台ある病室のベッドに他の患者はいなかった。
「命に関わることじゃなくて、本当に良かったです。誰かに連絡入れますか」
「いや、大丈夫だ」若い頃奥さんを亡くしているのだと聞いた事がある。子供もおらず、ご両親も既に他界しているし兄弟の話なども聞かない。浩二さんには、頼れる身寄りなどいないのかもしれない。静かな病室の中では、どうしても寂寥とした考えが頭をよぎる。そのせいか、彼の顔はいつもより老いて弱々しく見えた。
「夏祭りは、無理だろうな」「そうですね……」
「申し訳ないが、一人でなんとかやってくれるか」
「ここまできたんでやりますよ。一緒にできないのは、残念ですけど」
「ありがとな。んじゃあ、特別にギャラは」