新聞を畳みカウンターに叩きつけると、白髪交じりの眉の下にあるギョロ目がぎらりと光って俺の方へ動いた。
「悪役は、俺がやる。ギャラは折半な」
その日から、閉店後の店の倉庫で稽古が始まった。簡単な台本を作り読み合わせをしてみると、思いの外浩司さんが芝居慣れしているのに驚いた。角刈りで強面の浩司さんには、商店街に難癖をつけるチンピラ役が見事にハマっていた。
「若い頃着てたやつだけど。どうだ」肩パッドがこれでもかと詰まった黄色のストライプスーツを着た時は、余りの似合いっぷりに空と腹を抱えて笑った。立ち稽古を何度も繰り返し、その都度細やかな修正を入れ芝居を磨き上げてゆく。いかにローカルな規模であろうとも、久々に感じる創作の喜びに、錆びきっていた俺の血はじわりと温度を上げていった。
『く、くそう。覚えてろ』
『何度でも来るがいい。商店街の平和は、私が守る!』
理事会のお披露目でも評判は上々で、嬉しそうに手を打っていた理事長が白い箱を俺に差し出した。
「富和さんに頼んで本当に良かった。御堂さんも随分上手でびっくりですよ。これはプレゼントっ」
箱の中には衣装が入っていた。黒革に炎の模様が入ったバイクスーツに、舞踏会でつけるような目の周辺を覆い隠す漆黒のドミノマスク。
「息子がバイク屋をやってまして。せっかくなんでオーダーメイドで作りました。貸衣装よりもいいでしょう。この時期、ちょっと暑いかもしれないけど。キシシシ」
着てみると吸い付くような皮の具合が心地良い。サイズもぴったりだ。
「仮面はね。あたしちっちゃい頃から忍者の赤影に憧れてて。個人的な、アレなんだけど」
一見奇妙な取り合わせだが、合わせてみると我ながらなかなかサマになっていた。ステレオタイプな覆面ヒーローとは一線を画す存在感である。
「うん。いいですよこれは」全身鏡で何度もポーズを決める俺の後ろ、空が押し殺すように笑っているのが写って見えた。
「何だよう。可笑しいか」
「フワさん。背中背中」体を捩って背の部分を写すと、反転したアルファベットがプリントしてあるのが見えた。『GUY』と書いてあるのだろう。非常にダサい。なくていい。
「……これはこれで、いいんだよ」
悪役、台本、衣装とつづき、毎年7月末に催される夏祭りにてヒーローの初披露をする事が決定した。商店街一丸となって宣伝してくれるそうだ。
順調順調。あとは本番に向けて頑張るだけ。そう思っていたのに事件は起こる。つくづく、人生というのはスムーズにいかない。
本番まで一週間をきった夏の午後、店先で亀の甲羅を磨いていると、夏休みに入り真っ黒に日焼けした空が同じように日焼けした男子を従えて走ってきた。