ガタは大きなあくび。これが彼女なりの返事。イエスかノーかは分からない。
「じゃあ病院に行ってくるから」
両親がベランダに向かって声をかけると、ガタはまたあくびをした。
「三十八歳でシングルマザーだとさ。大変だこと」
翔子が感じている妹へのワダカマリなど知ったことではないガタは、今度は和室に入りたがる。
「あの子は出産間近なのに、私はアンタの召使いか」
和室に入れてやると、仏壇に飾られた祖父母の遺影が『線香を上げろ、リンを鳴らせ』と訴えかけているよう。
翔子は要求通り線香を上げてリンを鳴らす。
ちーん。
ミシッ、背中にきしみと寒気を感じる。
猫ではない。ガタは今、仏壇横のひんやりした場所を確保している。
ズズズッ、背後から不気味な音がする。
翔子はおそるおそる振り返る。
恵奈がのんびり茶をすすっている。
翔子はホッとする。
「何だ、おばあちゃんか」
「何だ、おばあちゃんか、じゃないよ。こんな出がらしのお茶を出して」
「ごめん、ごめん。今、新しいの淹れるから」
翔子は我に返り、遺影に写っている恵奈と茶をすすっている恵奈を見比べて言葉を失う。
「どうしたの? 鳩がAK47を食ったような顔しちゃって」
「だっておばあちゃん、とっくにあの世じゃん!」
翔子の両親が迎え火を焚いてしまったためにムリヤリこの家にワープしてしまったこと、翔子が仏壇に線香を上げたら煙に乗っかってあの世に戻れると思い虎視眈々と待っていたこと、しかしあの世に戻ることはできなかったことを恵奈は一気にまくし立てた。
「おじいちゃんは一緒じゃないの?」
「あの人はカトリック、お盆は無関係」
「除夜の鐘をついて、初詣に行って、徹夜で初日の出を見てた人なのに!?」
翔子は合点がいかない。
「そうえいば今日、花火でしょ? 花火の煙に乗ってかってあの世に戻るのだけは勘弁だよ。花火の煙は猛スピードだから」
わがまま幽霊め、と翔子は冷蔵庫をのぞき込んでナスとキュウリを探す。