そこまで話したところでゴンドラは、一周回って元の位置に戻って来た。すかさずドアが開けられ、今日子はスタッフに促されてゴンドラから降りた。
「はぁい、お疲れさまでしたぁ!」
「ど、どうも」
電話中だったので、スタッフに小さく会釈してゴンドラから離れる。今日子が降りた後も観覧車は何事もなかったかのように、人々を乗せて蒲田の空を回り続けている。
「明日香には内緒にしておいてくれって頼まれたんだけど、何かプレゼントを用意しているみたいだよ」
言葉がなかった。
誕生日のことなんて、皆、すっかり忘れていると決めつけていた。
しかも明日香はプレゼントのために、早朝からコンビニでアルバイトをしていたらしかった。今日も朝早くから出かけていたのはデートやサークル活動ではなく、学校が始まるまで働くためだったのだ。
「ごめんなさい……私のほうこそ何も知らなくて、明日香にも酷い態度を取ってしまって……」
「大丈夫、親子だもの。きっと仲直りできるよ」
今日子は屋上の片隅にあるベンチに座り、携帯電話を握りしめて、泣いた。
それじゃ午後六時に桜木町駅で、と言って隆からの電話は切れた。持っていた携帯電話をバッグにしまい、手のひらで涙を拭って空を見上げる。
今日一日、本当に色んなことがあった。偶然の神様に助けられながら蒲田に来て本当に良かったと、しみじみと想う。萎縮して小さく固まっていた今日子の心に、蒲田の街は活気とやさしさという温かな風を吹き込んでくれた。
「そうだ。あなたも50歳なんだよね。お互いに、おめでとう」
柔らかな西日を浴びて回る観覧車に、今日子はそっと一礼した。『幸せの観覧車』はその名の通り、この先もずっと屋上から蒲田の街を静かに見守り続けてくれるだろう。
「ありがとう。またね来るね」
帰ろう。私を待っていてくれる家族の元へ。
このまま蒲田駅から電車に乗れば、ちょうど待ち合わせの時間くらいに桜木町駅に着けそうだ。傍らに置いていた旅行バッグを手に持って、今日子は立ち上がった。怒りにまかせて詰め込んだ旅行バッグは、ここへ来たときよりも少しだけ重たくなった。
「そうだ、置手紙……」
朝、家を出るときに感情にまかせて書いた置手紙のことを、すっかり忘れていた。
今日子はクスクス笑いながら振り返り、もう一度、観覧車を眺めた。小さかった頃の今日子が、赤いゴンドラの窓からこちらに向けて大きく手を振っているのが見えた。