「ちょっと待って、支度するから」
「まあ、そんなに急がなくて大丈夫。時間は全然はやいから」
玄関口で待たれて急ぎじゃないなんて、そんなに私は無神経じゃない。急な身支度に苛つきながらも実際はちょっと嬉しかった。
サプライズな出来事は数年なかったからだ。
日中に買い物していたおかけで顔も服も、特にこのまま出て行っても平気だ。ちょっと羽織るものだけ変えれば……。
何を着ていこうと考えた時、気が付いた。というより思い出した。
今日は彼の誕生日だ。
忘れていただなんて白状じみてるけど、本当は私は忘れようとしていた。
サプライズと同じに、彼の誕生日を祝うことなんてしていなかった。
――別にパンツのままで良かったけど、私は手触りの良いゆるふあなワンピースを出した。
ミディアムな髪をサイドポニーテールで簡素にまとめ上げて。艶のある口紅を選ぼうとしたけど、控えめなリップグロスにした。
別に気張ってめかしたんじゃない。ただ、やっつけみたいに思われるのがイヤだった。
「待たせてゴメンね、準備できたよ」
「結構早かったじゃない。行くよ」
「うん」
私達は彼の車に乗りこんで出発した。
帰宅時間は大分過ぎた頃だけど、まだ車の通りは多い。
国道で飛ばし気味の対向車の眩しい光を流しながら、首傾げに私は窓の通り過ぎて行く景色を眺めていた。
「ホントに今日はどうしたの?」
私は彼を見ずに、窓の映り込む自分の顔を見ながら聞いていた。
「別に……大した事じゃないよ。本当に思いつきなんだ」
「仕事はいいの? 何時も外れられないから駄目だって、この曜日」
ほんの少し、彼が間を持った。
「……今週からシフトがね。代わったんだ」
「そう、そうなんだ」
一瞬、彼がそれを聞かれるのを嫌がった印象を感じた。
身の回りの出来事を進んで喋る人じゃないけど、隠し事は余りしない。何かあれば報告はしてくれる。
嫌がったってことは、喋りづらい話なんだと。
最初に思った細やかな期待とは別に、不吉な考えも浮かんでしまう。胸に引っかかってしまう不安。
一瞬過ぎった気掛かりな空気。車内に、それが立ち込めるのを嫌った私。