ふたつ隣のミシンテーブルに座っている女性客に紅茶を運ぶと、なみに声をかけた。
「何に、なさいますか?」
「あ、初めて伺ったのですが、素敵なお店ですね。」
「ありがとうございます。」
「古い日本家屋ですけど、何年くらい経つんですか?」
「ここは以前祖母の家で、建ってからは、八十五年くらいになるのかしら。祖母が他界して、この家を紅茶屋さんにしたのは、十年前なんです。」
「この足踏みミシン、テーブルになってるんですね。」
「そのミシン、まだ現役なんですよ。休みの日には、フェルトのコースターやウサギ型のティーコージーを、このミシンで作ったりしてるんです。祖母が使っていたもので、小さい頃この家で聞いていた足踏みミシンの音は、今でも覚えてますよ。」
「へ〜、今では紅茶屋さんのテーブルになったり、いろんな仕事をするんですね、このミシン。あ、何をいただこうかしら。」
「そうですね、この季節の紅茶で、ダージリンのファーストフラッシュが昨日入りました。もしよろしかったら焼きたてのスコーンと一緒に、いかがですか?」
「美味しそうですね。じゃあ、それでお願いします。」
初めて来たのに、前から来ていたような心地よさに、不思議な感覚を覚えた。
その時、
「ぼーん、ぼーん、ぼーん。」
部屋の高い位置にかかる古い柱時計が、ひらがなのような音を三回鳴らした。
窓ガラス越しに見える庭の景色は、古いガラスが描く独特な歪みで、時空を超えた陽だまりの場所に見えていた。
まるでこの場所だけの周波数が存在していて、もしそれをキャッチ出来たら、庭から聞こえる鳥の声も、話す言葉に聞こえて来そうな、そんな場所にも見えて来た。
「おまたせしました。」
運ばれて来た紅茶の湯気が、嬉しそうに見えた。
「あ、スコーンにウサギの焼印。かわいいですね。」
「この店のお客さんに美大生の女性がいて、ウサギの焼印を作ってもらったの。それを頂いてからウサギがスコーンに登場するようになったわけ。お客さんと一緒に何か作れたら素敵だなと思っていたら、このウサギの焼印から始まって、少しずつそんな素敵が、歩き出しているんですよ。」
「お店に来る人は、この街に住む人が多いんですか?」
「電車を乗り継いで、遠方から来られる人もいますよ。私は、この街で生まれて育ったんです。幼馴染でこの街を離れて行った人も多いけど、お店にはネットで見たと言って、来てくれる人たちも増えて来て、十年たった今では、いろんな人が来てくれてます。」
「あの柱時計は、おばあちゃんのですか?」