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『きっずハンド』黒藪千代

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「ママ、ねぇママ~」
 出勤する前に朝食の後片付けをする妻の後ろにピッタリと張り付いて自己主張する幸太郎は、なかなか振り向いてくれない妻の服を掴んだまま放さなかった。
「ねぇ!ママってばっ!」
 フローリングの床にドンッと足を弾ませ階下まで響く勢いで怒りを表現した。
 流しの蛇口をキュッと絞って水を止めた妻は、幸太郎と同じ目線までしゃがみこんだ。
「幸ちゃん、ママはお仕事に行くの。だから今日はパパと一緒に遊ぶのよ」
「今日は!じゃなくて、今日も!でしょ!」
 全身を使って怒りと寂しさを表現する幸太郎を妻はそっと抱きしめた。
 抱きしめられた幸太郎は、一瞬で大人しくなる。ひとしきり抱きしめた後、その小さな身体をそっと離してじっと目を見たまま微笑み、そしてキュッと口元に強さを漂わせる妻。
「嫌だっ、パパとは遊びたくないっ!」
 語気を強めて大きな声で言う幸太郎の声に、俺は背中に氷水を注がれた気持ちになる
「あれー幸ちゃん、そうゆうこと言っていいんだっけ?幼稚園で誰かが幸ちゃんとは遊びたくないって言ったら幸ちゃん悲しいよね?」
「だってぇ・・・」
 優しいけれど強さを含んだ妻の声色に幸太郎の勢いはみるみる萎む。ガキ大将からいじめられている俺を勉強も運動も出来る人気者の女子が庇っているようだ。
 幸太郎は諦めたように項垂れて妻の服から手を放した。

 妻が仕事を始めて三ヶ月が経った。毎週土曜日の朝になるとこの光景を目にする。初めはもっと強烈だった。力の限りに泣きわめき汗と鼻水で顔も洋服もぐちゃぐちゃにした。あらかじめ予想していた妻は幸太郎の着替えを最低三着はセットで準備していく。ただ泣くという行為では母親を引き止められないと考えた幸太郎は、次に仮病作戦に出る。
 おなかが痛い。気持ち悪くて吐きそう。頭が痛い。擦りむいてカサブタになっている膝小僧を抱えてズキズキする。などと。そして三ヶ月経った今では怒り作戦に変わっている。
 幼稚園児の思いつく限りの作戦はパターンも少なく母親には簡単に見破られてしまうものなのだ。幸太郎が身体の不調を訴えた時には、俺も本気で(今日は仕事休めないか?)などと言っていた。
 妻は幸太郎に向けた時と同じように口元をキュッと結んで強さを漂わせ俺を見る。妻に仕事に行ってほしくない気持ちは幸太郎と同じなのだと大人であるはずの俺は恥じた。

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