その時、聴き慣れた声が飛び込んでくる。
「どうした? ゴメン、風呂入ってた」
離婚などなかったかのように、いつものような声が返ってきた。私は急に言葉が出なくなった。沈黙が暫く続いたが、彼は何も言わずに待っていてくれた。
「八百屋さんでね、とびきり美味しい胡瓜を勧められた」
「そうか、旨かっただろ、その胡瓜」
「で、あなたが胡瓜の酢の物好きだったこと思い出して、電話しちゃった」
「・・・ありがとう」
「美玖、可愛くて、だから逢いたいだろうなぁ~って」
彼は何も言わなくなった。やはり余計な電話だったのかもしれない。
「ごめん、切るわ」
通話を切ろうとした時、彼の声がやっと返ってきた。
「逢いたいよ!」
涙が混ざった声だった。
祖母は念仏を唱えながら、若くして逝った娘の成仏を願った。私は祖母の念仏を聞きながら、突然いなくなった母を想った。ときちゃんと交わした「あした、またね」という約束が、あの時の私の心を支えてくれたのだと思っている。
親を失う寂しさを経験したのに、私はこの手で、娘から父親を奪ってしまった。
5才になった娘を双磐念仏に連れていったら、ときちゃんは逢いに来てくるだろうか? 娘はときちゃんに何と言うのだろうか? 私と違い、「ごめんね、ときちゃん、あしたはこないの」と言うかもしれない。
もうすぐ母の命日がくる。別れた夫を誘い、3人で墓参りをしようと思った。