そう言うと、晩御飯のホワイトシチューを食べかけのまま、歯も磨かずに部屋へ引っ込んだ。襖戸の向こうからヤヨイの泣き声が聞こえた。
店の最終日。
常連たちに別れを告げ、ユキオとジェニファーの二人きりとなった。
互いに無言のまま、客のジョッキや食器の片付けを始めた。
食器がぶつかり合う小さな音と流水音しか聞こえない店内。
もうほとんどの常連さんは来てくれたし、もうお客さんは来ないだろう。この片付けが終われば、本当に店は終わりだと思いながら手を動かしていると来客があった。
「いらっしゃいませ」
「イラッシャイマセ」
「よ、ユキオちゃん」
ユキオが小僧の頃から良くして貰っている酒屋のタゴ社長だった。
「一杯、良いかな?」
「どうぞ」
タゴはカウンターに腰をかけた。
「ホッピーと湯豆腐、あと、刺身なんかある?」
「刺身は終わっちまいまして、鯛皮の湯引きでしたら」
「お、それそれ」
ジェニファーがホッピーのセットをタゴの前に出した。
「オツギシマス」
「ありがとう」
楚々とジェニファーがホッピーをジョッキに注ぐと、周りの霜が少しだけ溶けた。
「こんな美人に注がれたら、もっと美味くなっちまうな」
「アリガトウゴザイマス」
「いただきます」
タゴがぐびりとホッピーを飲んだ。
「美味い」
ユキオが湯豆腐を出した。
「おー。これ、これ」
タゴは湯豆腐を口にし、ホッピーで流し込んで、大きく息を吐いた。
「生きてて、良かったって感じだな」
ユキオもジェニファーも笑った。
「ユキオちゃん、良かったらよ。うちで働かねえか?」
「え? 何でしょうか?」
「大した会社じゃねえし、トラックで酒運んで、重かったりするけどよ。どうだい? うちに来ねえか?」
「タゴさん、俺、五十ですよ?」
「知ってるよ。だから、難しいかもしれないって思った。でも、その年から再就職ってのもすぐにできるか分からないだろ。その間だけでも、稼げりゃ良いかなって思ったんだよ。じいさんのお節介さ」
ユキオが鯛皮の湯引きの入った小鉢をタゴの前においた。
「ぽん酢、かかってます」
タゴは箸で鯛皮を摘み、口に放り込んで咀嚼した。
弾力のある皮が口の中で音を立てた。
「美味い」
そして、やはりホッピーで流し込んだ。
「ユキオちゃん、どうする?」
ジェニファーがユキオを見ると、ユキオもジェニファーを見たところだった。そして、タゴの方を向いた。
「よろしくお願いします」
タゴは笑みを浮かべて、残りのホッピーを飲み干した。
覚悟はしていたが、酒のルート配送はキツかった。