二つとも庶民の味方。熱々と冷えっ冷えの組み合わせ。口をほふほふしながらきゅーっと流し込む。そして、何より値段がお得。豆腐は半丁の大きさでボリューム満点だから、どうしたってナカ(焼酎)をおかわりしたくなる。それでも、千円でお釣りが来る庶民的な価格。
一度だけ、居酒屋を紹介する雑誌に載ったこともあった。それを読んで、遠くから来てくれたお客さんもいて、喜んでくれていた。
他の料理だって、自信があった。焼き鳥だって、魚だって、どれも手を抜いていなかった。でも、最も利益を上げていたのが、若いサラリーマンたちが頼む冷凍のフライドポテトであったのは複雑だった。
徐々にしぼんだ客足に腐らず気張ったけれど、ダメだった。
店の閉店を決めた日は、雨だった。ほとんど客の来ない日が続いた雨の日。ジェニファーは、ヤヨイを連れて里帰りをしていたから、店にはユキオだけが一人。
「雨か」
閉店時間まで一人も来客はなく、その日、ユキオが発した言葉はこれだけだった。
湯豆腐の鍋の火を落として、蓋を開けると、大量の湯気がユキオを包んで、昆布の匂いが鼻腔に入り込んだ。美味いのになと思いながら、鍋を覗くと豆腐の角が崩れていた。崩れた豆腐の一部が、所在なく昆布の出汁に浮かんでいた。
店を畳む事を決めた。
それしかないように思えた。
ジェニファーに電話をした
「ああ、俺。店やめるよ。ああ、すぐに探す。ありがとう」
ジェニファーは『ワカッタ』と『ツギハ、ドウスル?』、『ワタシモ、ハタラクカラ』とだけ言った。
電話を切ったユキオは、鍋から湯豆腐を皿にすくい洋がらしをたっぷりに塗って、花カツオをたんまり振りかけ、醤油を垂らした。
そして、カチンカチンのグラスにキンキンの焼酎とホッピーを注いだ。
ユキオの一番好きな食べ方、飲み方だった。
何度か湯豆腐に息を吹きかけて口に放り込むと、ホッピーで流し込んだ。熱いのと冷たいのが口の中でごちゃ混ぜになって、涙が浮かんだ。
「美味いよな」
ユキオは湯豆腐もホッピーもおかわりをした。
店の最終日は、数少ない常連が来て、別れを惜しんでくれた。
その会話のほとんどが、『ユキオちゃん、これからどうするの?』とユキオの仕事に対する内容であった。
「何とかなりますよ」
笑いながら言うユキオであったが、内心は違っていた。昨晩だって、ジェニファーと口喧嘩をした。
ずばり収入に関しての口論だ。貯金もろくすっぽなく、ユキオが無職になれば、家族は路頭に迷うことになる。だから、ジェニファーは再び夜の店で働くと言い出した。
ユキオはそれに猛反対をした。
本音を言えば、ジェニファーが稼いでくる金があれば、明日の飯を心配することはなくなり、金に関しての懸念は少し軽くなる。
しかし、夫として、男として、それを認めることはできなかった。
「ジャア、ドウスルノ? ユキオチャン」
「何とかするよ」