五年。
よくもった方かもしれないとユキオは思った。
四十の半ば過ぎに、夢にまで見た自分の居酒屋『ぎょろ』を開店させた。だが、どうにもいかなくなって店を畳んだ。
この五年で、一緒に店を切り盛りしていた妻のジェニファーは、フィリピン人でありながら、『女将』が板について来たし、娘のヤヨイは、小学生となり、ジェニファーよりも日本語が上手く話せるようになった。
そして、ユキオは五十を超えた。
ユキオは高校を出てから、居酒屋業界一筋で働いて来た。頭のてっぺんから爪先まで、居酒屋が高野豆腐のように染み渡っている。
決して、男前ではないが、店名にした西郷隆盛を思わせるギョロ目の愛嬌ある顔と気風の良さで、スタッフからもお客さんからも人気があった。
だが、浮いた話には、とんと縁がなかった。息抜きで、仕事終わりの深夜に立ち寄るフィリピンクラブだけが、ユキオにとって、少しだけ艶っぽい時間であったが、ダラダラと飲むのは性に合わず、『ユキオチャン、モチョット』とスリットがざっくり入ったドレスのお姉さんのしなやかな指先が膝をさすられても、ワンセットで、さっと切り上げていた。
しかし、ある時、ジェニファーと出会った。
美人ではなく、ドリンク作りも覚束ず、どちらかというと暗い女なのだが、たまに見せる笑顔には、嘘偽りがなくて、そこに惹かれた。
ユキオは不器用で、単純だから、そこから毎日のように通い、ジェニファーを指名した。ユキオがジェニファーに惚れているのは、誰の目から見ても明らかだった。しかし、ユキオは変に義理を通し、いつもワンセットだけ。そして、決して手を出そうともしない。そんなユキオの心意気にジェニファーは惹かれた。そして、二人は結ばれ、数年後に、ヤヨイが生まれた。
そして、ヤヨイが一歳になる頃、ユキオは念願であった独立を実行した。
長年世話になった居酒屋で、すでに名物店長として職を全うしていたが、やはり『雇われ』であることには変わりない。正真正銘の自分の店を持ちたかった。
引き止める居酒屋のオーナーを振り切り、貯金をほとんどはたいて、駅の近くに店を構えた。大通りからは一本裏道になってしまうが、繁華街には十分近く、むしろ落ち着いて飲めるからお客さんは来るだろうと考えた。
定食屋の居抜き物件だったから、内装はほとんどいじらず、自分たちでペンキを塗り替える程度で済ませた。
ジェニファーと二人で店を作っているようで、この作業自体も幸せだった。
開店を迎えた当日は、ユキオを引き止めたオーナー、仕入れでお世話になっている酒屋、友人たちから花も届き、良い滑り出しであった。
『ぎょろ』の名物は、洋がらしをたっぷり塗った湯豆腐とホッピーだった。