「ゆっくりでエエんやけどな、忘れとんか思てな。」
言うだけ言うてまた話し込むおっちゃんらにごめんごめんと謝りながら、油ひっくり返したの見とったがな…。と思いながら厨房に引き返した。
商店街の中の立ち飲み屋。
そこの厨房になぜ自分がいるのか。
オトンがしてる店やから。
そのオトンが逃げよったから。
そして今やニートの私はオカンに逆らう権利を持たないから。
鍋に新しく油を注いで熱せられるのをただ待つ。
そんなもん前で待っとかんとその間に小鉢にポテサラでも盛っときよ!!
オカンがおったら毎回そうどやされる。
面倒そうに動く覇気の無さがオカンを一段とイラつかせる。
ほんまにアンタもあのおっさんも!!
いつもこう言うだけでその先を聞いた試しがない。
あえて言うのを堪えてるのか、小言の候補が多すぎるのか。
そんな時のオカンの顔は顔拓したくなるほどの隈取りっぷりなので、近寄らない。
それがいい。
熱せられた油に小ぶりの鯵を3枚入れる。
こんな事して元とれんのか!がオトンの口癖やった。
オカンは小料理屋とかスナックしたいみたいで、オトンは継いだ店を気楽に回したかったみたいやからようそんな喧嘩しとった。
そして突然、オトンは3軒向かい隣りのスナックのママとどっか行きよった。
同じ町内やから付き合いはあったんやろうけど、突然すぎるしなんか近場で済ませるみたいで流石にオカン可哀想やなぁと思った。
でも、店を自由にできるって微妙に嬉しそうな顔してるのを見てしまってちょっとだけ体の芯が冷えた。
それにしても…。
やっぱりこんな飲み屋でこんな料理は不釣り合いやわ。
と揚げたての鯵フライの皿に細工されたレモンを乗せて思う。