それから十数年、成人してから幾度も爺ちゃんと一緒にホッピーを飲んだ。爺ちゃん行きつけのあの店で。
姉達の言いなりになっていた自分をカッコ悪いと思っていた俺に、本当にかっこいい男の生き方を教えてくれた。目からウロコが落ちる度にジョッキを持ち上げて喉に流し込んだホッピーの味は、いつでも爽快だった。
結婚が決まって彼女と三人で店を訪れた時、ひ孫が小学生になったら今度は三人で散歩しようなと約束した。それから数年後、俺の子供達に会う前に爺ちゃんは亡くなった。
何の因果か、蔵人は二人の姉の弟として産まれて来た。不憫だなと思いながらも、息子だけが可愛い訳ではない。娘達も同じように可愛いのだ。親の気持ちは、親になってからわかると言うが、その通りだなと思う。
「いらっしゃいっ!」
威勢の声に出迎えられ、蔵人は俺の尻にしがみついた。
「おや?蔵人君だね」
先代のトキさんに代わって娘の咲さんが切り盛りする店は今でも繁盛している。爺ちゃんの時代の常連さんの、その息子とか娘とか、そして俺のように孫とか。
見知った顔が(おやっ?)と微笑みながらこちらを見る。みんな目の前には幾つもの黒い瓶が並んでいた。
「咲さん、俺いつもの黒と、あとソーダね」
蔵人が澄ました顔をして首を持ち上げ、店の中を見回している。
胸までしか届かないカウンターに大人と同じようにして腕を乗せ、精一杯カッコつけて。子供なのに、男なんだなと思う。あの頃の俺もそうだった。
「よし乾杯だっ!」
黒ホッピーが弾けるジョッキを、ソーダの瓶にコツンっと合わせる。蔵人は、キツイ炭酸に一瞬だけクシュっと顔をしかめてから笑顔になった。
「蔵人、お姉ちゃん達の事は好きか?」
あの時の爺ちゃんになったつもりで言った。
「えっ、何でそんな事聞くの?好きに決まってるじゃん」
「そ、そうか」
自身たっぷりに言う息子に、想像していた返事と違っていて俺はその後に続ける言葉を見失ってしまった。
「パパ、今度の散歩の日はお姉ちゃん達とママも連れきてあげようよ!」
小さな手でソーダの瓶を持ち上げて煽った息子の横顔は、爺ちゃんによく似ていた。
「咲さん!また常連さんが増えたね」
狭い店の中で、常連客が蔵人の声に反応すると、咲さんは嬉しそうにガッツポーズをする。
あと十年と少ししたら、一緒にホッピーが飲めそうだ。そう思いながら喉の奥へ流し込んだホッピーは格別に爽快な味がした。