「パパ、今日の散歩は何処へ行く?」
小さな手を握り締めて歩き出した俺に、息子の蔵人が隣から顔を上げて言った。
「僕、デパートの屋上でゴーカートに乗りたいな!」
スキップするように飛び跳ねながら俺の腕を振り回す。蔵人は小学校に入って始めての夏休みを迎えた。
「今日は、パパの行きつけの店に行く」俺はニンマリと笑って見せた。
「行きつけ?何それ?楽しいの?」
蔵人の気持ちが手に取るようにわかる。
あの時の俺ときっと同じなんじゃないかと。
四人姉弟の末っ子で、上三人が姉という環境で育った俺。パシリにされるのは当たり前で、お人形のように女の子の服を着せられたり、短い髪の毛をギュウギュウ引っ張られて髪飾りを付けられたり、いつも姉達の玩具のようにされていた。
嫌がると、叩かれ、小突かれ。大人になった今の社会で例えるなら、それはもうパワハラだろっ!と思う。しかし幼かった俺に抵抗する力などなく、朝から夜まで耐える以外に選択肢はなかった。
父と母はそんな姉弟の姿を微笑ましい気持ちで見ていたのか、特に止めようとはせず笑っていた。
そんな日常から俺を救い出してくれたのは、爺ちゃんだった。
電車でひと駅の隣街に暮らしていた爺ちゃんは、月に一度フラリとやって来ては「拓巳行くぞ~」と玄関先で言う。姉達の手を振り切って靴を履き爺ちゃんと手を繋ぐと「散歩」と掛け声のようにして声を揃えた。
口数が少なく、いつも怒っているような顔をしている爺ちゃんが、その瞬間だけはニンマリと微笑む。姉達は怖い顔をした爺ちゃんしか知らなかったのか、一緒に行きたいなどとは言わなかった。
俺と爺ちゃんの散歩は、幼稚園に入った春から始まった。
爺ちゃんに連れて行って貰った場所は今でも記憶に残っている。
デパートの屋上遊園地、近所の像の滑り台がある公園、時には電車とバスを乗り継いで博物館に行った事もあった。中でも一番の思い出は、小学生になって始めての夏休みの散歩だ。
手を繋いで家を出た俺達は、電車に乗ってひと駅の爺ちゃんの家がある最寄り駅で降りた。その日爺ちゃんが玄関に現れたのは、いつもよりちょっと遅い午後四時。夏の日差しがまだたっぷりと残っていて暑かった。
駅前は夕飯の買い物をする人や、夏休み中の学生で賑やかだった。
「爺ちゃん、今日は何処に行くの?」
駅の階段を降りると、横断歩道を渡って細い路地へと足を進めた爺ちゃんを見上げて言った。
道の両側には、大人がお酒を飲むお店が沢山並んでいて、ここには公園も博物館もない。本来なら子供が入ってはいけない場所なのではないかと思えて不安が過ぎった。
「今日は、爺ちゃんの行きつけの店に行く」