そう言った爺ちゃんは、ニンマリと微笑んだ。(行きつけ)と言う言葉が理解できず、でも爺ちゃんの笑った顔が俺に物凄く楽しい所を想像させた。
「いらっしゃいっ!」
ガラス窓が入った引き戸を潜ると、威勢のいいおばさんの声がした。
その店の入口から中を見た時、子供だった俺にはちっとも楽しくなさそうだとしか思えず、爺ちゃんに気づかれないように少しだけ肩を落とした。
「おやっ?拓巳君だねっ!」
始めて来た場所で、知らないおばさんにいきなり名前を呼ばれた。
「トキさん、いつものと」ソーダ?でいいか?と爺ちゃんは聞く。
店の中を見渡しながら小さく頷いた俺。おばさんが冷蔵庫からキラキラ光るソーダの瓶と黒い瓶を取出して俺達の前に置いた。
「よしっ、乾杯だ」爺ちゃんは、黒い瓶の中から大きなジョッキグラスに弾ける泡の立つ液体を波波と注ぐとソーダの瓶に小さく合わせて言った。
炭酸の泡が立ち上るソーダを口に含むと、飲み込まれる事に抵抗するように口の中で踊る。ゴクリと喉の奥へ流し込むと爽快感が広がった。
「んんっ」爺ちゃんが小さく声を出してテーブルに置いたジョッキグラスはもう半分以上が無くなっていた。
饒舌に喋り出した爺ちゃんと、お店のお客さん達。おばさんも時々話しに加わってみんな楽しそうに笑っていた。それまで見た事もないほどに喋る爺ちゃん。その顔には満面の笑みが広がっていた。
「中ちょうーだい」爺ちゃんがお店のおじさんに何度かそう声を掛け、おばさんが忙しなく黒い瓶を運んでくる。
爺ちゃんの顔が薄らと赤く染まり始めた時だった。
「拓巳はお姉ちゃん達の事は好きか?」唐突に爺ちゃんが俺に聞いた。
こうゆう場合は(うん)と答えるのがいいのかな?と幼い頭の中で逡巡してから頷いた。
「でもね、叩くし、怒るし、好きだけど怖いよ」と言わずにはいられず。
「そうか、そうだよな」そう言った爺ちゃんは、ふふんっと小さく笑ってまたジョッキを煽る。
「お母さんもお姉ちゃん達も、それからお婆ちゃんだって時々怖いでしょ」
追い打ちを掛けるようにまた俺は言った。日頃の不満が次々と口から飛び出す。人の悪口は言ってはいけないと言われていたけれど、これは悪口じゃないと自分の中で言い訳をしながら。
「でも、好きなんだろ?」爺ちゃんはからかうように目を見開いて言った。その顔に俺は癪だったけど頷いた。
「拓巳は偉いな!それでこそ男だ」
爺ちゃんは嬉しそうにまたジョッキを持ち上げてラムネの瓶にコンっとぶつけた。
あの時何故、爺ちゃんが俺を偉いと言ってくれたのか、その意味まではわからなかった。けど、俺はその日以来姉達に玩具にされても不思議と前程に腹が立たなかった。