「なんや、こんな店にもガキどもが来るんか」
男は煩わしそうな視線で私たちを見ました。
いつもとは違う不穏な空気を感じ取った私たちは、店の奥を見ないようにして駄菓子を物色し始めました。
「取らへんのかい。この桂馬はタダやで」
男はダミ声でしたが、『ケイマ』という単語を聞いて、二人が将棋を指していることがわかりました。私は少しだけ興味を持ちました。なぜなら、私は将棋好きの少年だったからです。
「それが罠だってことくらいわかってますよ」
店主は丸眼鏡に指をあてがいながら、何か駒を動かしたようでした。
「あーあ。そりゃ、あかんわ」
男は相手を馬鹿にするような口調で、すぐに応手を指しました。その手を見て、店主はうぐっ、という声にならないうめき声を漏らしました。
「へえ、将棋やってるぜ」
物怖じしないたーちゃんは、いつの間にか、台の上を覗き込んでいました。こうなると私とかっくんも近づかざるをえません。
「将棋なら、あっちゃんもやってみれば?」
私が将棋好きであることを知っているかっくんは、当たり前のようにそう言いました。
正直、嫌でした。私は見ず知らずの人間と将棋を指すのが苦手でした。特に、男のような人間と。
「ほう、坊主も指せるのか。なら、おっちゃんと、いっちょうやろうや。もうすぐ終わるさかいな」
かっくんの言葉を聞いた男が私の方を見て、破顔しました。上下の前歯が何本か欠落していました。私はすぐに視線を外しました。
「坊主が勝ったら、菓子とジュースを好きなだけおごったるで」
背後からかっくんとたーちゃんの歓声が上がりました。無責任なものです。結局、私は男の向かい側に座らされる格好になりました。
私は玉将を摘むと駒を並べ始めました。
「おっ、坊主、ずいぶんサマになってるやん」
男は透明のボトルに入った液体をグラスに三分の一ほど注いだ後、茶色い小ぶりのビンを傾けました。それは黒く泡立っていて、グラスの中はコーラのような液体に満たされました。私が興味深く見ていることに気付いた男は、胡麻塩の無精髭を撫でました。
「これはな、『魔法の黒い水』なんや」
「魔法?」
「これを飲むと、ごっつ頭が冴えてくるねん。これを飲んでるときのワシは絶対に誰にも負けへんねん」
「中原や米長にも勝てるの?」
たーちゃんが即座に問いかけました。
「あたりまえだのクラッカーや。よっしゃ、坊主の先手やで」