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『生まれたてのアイ』柿沼雅美

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 最期の日の前はもう文字を書くのも難しそうだった。階段も1人では上り下りできなくて2メートル歩くのもツラそうだったのを思い出した。涙で頬がかゆい。でも頭は少しさめていて、死んだあとに問題あったわ自覚してた通りだわ、と突っ込んだ。
 なにがしたいか分からないまま大人になって、愛したいと思う人にはちゃんと愛してるを伝えられないし、Iをダイジになんて言ったって、自分を大事にする方法なんて分からない。

「美夏ちゃーん、何してるの?」
 リビングから母親の声が飛んできて、急いで袖で両目を拭いた。広げた父親からのメモ書きを雑に小さく丸めて、ホッピーの瓶に詰め込んでいく。
 急いで自分の部屋に駆け込んでボールペンを取ると、母親がまた、どうしたのーと声を飛ばしてくる。私は、そこにいてーなんでもない直ぐ戻る、と大声で返した。
 7月2日の力ない父親の文字の下に書き足す。
 —元気です。自分がどうしたいのか何になるのかは分からないし、お父さんに言いたいこともいっぱいあったけど、私のまわりには色々な形のアイがあるようです。お父さんがそうだったみたいに今はちょっと分かる。
 指先でぎゅっと丸めてホッピーの瓶に詰め込み、見つけたときのように指で蓋をした。さっきと同じように袋に瓶を入れて、クローゼットの奥にまた仕舞い込んで、もうひとつの袋から中身の入った新しいホッピーを1本取り出した。
 なにしてたの? とすぐに近づいてきた母親に、新しいホッピーを見せて、これ、と言い、仏壇に置いてあるものと入れ替えた。
 なにしてるの? と言う母親に、お父さんからホッピーもらって私からホッピーあげたら一緒に飲んでるみたいなものでしょ、と返すと、良くわからないという顔をした。
 冷蔵庫を開けて中を見ると、焼酎らしきものは入っていないけれどいつのものか分からない梅酒が入っているのが見えて手に取る。飲むの? とびっくりしている母親に、ちょっとだけ、と言うと、酒豪にならないでよーどうしたの急にーと駆け寄ってくる。
 いいからいいから、と言ってホッピーと梅酒をグラスに注ぐ。それは美味しいかどうか微妙だよ、という母親に、実は相性がいいんだよ、と笑うと、お父さんも同じようなことしてた、と母親が小さく笑った。
 シュワシュワが凄いね、と母親にグラスを見せながら口を付けると、少しの苦みと梅酒の甘さに舌先が浸った。
 どうにもならないような哀しさと、自分は自分でやっていかなきゃならない気持ちと、そばにある色々な形の愛情を考えながら息を吸うと、ホッピーの泡が弾けて梅の匂いがした。
 生まれては弾けていくはじめての味をゆっくり何度も飲み込んだ。

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