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『ボトルが空になるまで』小野みふ

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 こぢんまりとした店内を見回して、ミキは一番端の小さなテーブル席に腰をおろした。さっそく、サクラのマークがついたレトロな茶色い瓶にストローを指して、グビッグビッと飲む。ほのかにビールの香りがして、すっきりしていて飲みやすい。焼き鳥を軽くつまんで気分よく外に出ると、目的地の横浜ランドマークタワーまでスキップするように走っていった。
「うふふ。着いたわ」
 エレベーターで69階のスカイガーデンまで一気にのぼっていく。たちまち、目を奪うほどきれいな光の海が、目の前にわっと広がった。
 所々に点在するベンチに、若いカップルが肩を並べて座っている。感嘆の声を漏らすカップルたちから少し離れたところで、ミキはほっと息をついた。360度パノラマの展望台は、視界を遮るものは何もなく、夜景との距離が近いので、煌びやかな横浜の街並みが眼前に押しせまってくるような迫力がある。失恋したばかりなのに一人で夜景を見るなんて、正直迷ったのだが、来てよかったと、素直に思った。
 夜の闇に散らばる無数の光の束に耳を澄ませるようにじっと眺めていると、まるで時間が止まったかのようだ。静止した世界に吸い込まれるように、心を解き放っていく。全身から、力がゆるゆると抜けていく。
 温かい灯りを放つ夜景をぼんやり見つめているうちに、家族そろって夕飯を囲む民家一つ一つが浮かびあがってくるようで、何だかこそばゆい。ミキはふと、今はもうばらばらに崩壊してしまった『家族』に思いを馳せた。
 子どものころは、周囲から羨ましがられるほど仲睦まじかった両親。だが、父が興した会社が軌道に乗り事業規模が拡大していくにつれて、皮肉にも二人の間に亀裂が生じるようになっていった。やがて仕事を理由にほとんど家に帰らなくなった父の浮気が原因で両親が離婚したのは、ミキが中学二年生のときだ。その後すぐに父が一回り以上年下の浮気相手と再婚したことを知った母は、自暴自棄になり、頻繁に外出しては派手な洋服を買いあさるようになっていった。
 こんな複雑な環境で育ったから、郷愁の念などあったものではなかったのだが、黄色のタイル張りの風呂に父と入ってはしゃいだことや、家族三人で仲良く食卓を囲んだことなど、何ということもない一家団欒の光景が、次々と走馬灯のように脳裏をよぎった。
 高校を卒業と同時に実家を出てから崩壊した家族について考えることなどなかったのに、どうしたことだろう。
 目の前に点在する民家の灯りが眩しすぎて瞬きをすると、突然視界がぐらりと揺らいだ。溢れ出した涙のせいで、夜景は滲み、小さな光の粒子は水玉ほどの大きさに膨れて霞んでいく。
 日々の喧騒に紛れて、がむしゃらに突っ走ってきた十数年という年月。そのずしりとした重みで、体は一段と沈みこみ、椅子に張りつくような感覚に襲われた。
 ミキは振り切るように熱い目頭をきつく押さえて、そっと立ちあがった。煌びやかな横浜の市街地が、さらに強い光で包まれてゆく。
「せっかくだから、記念に写真でも撮ろうかな」

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