そうだな、と言って正雄がどっかりと腰を下ろした。机を挟んで、正雄と向かい合うような形で光一と百合子が正座をした。
「お父さん」と、光一は改まった声を出す。緊張しているらしく、声が少し震えているのを百合子は聞き逃さなかった。
「はい」応える正雄も、どこか緊張した声だった。
「突然のご報告ですみません。今日は、僕と百合子さんとの結婚を、許していただこうと思って」光一がそこまで言って頭を下げると、正雄が「あー、そんな頭を下げんでください」と慌てて腰を浮かせる。「娘が紹介したい人がいるっていうんで、わかってましたよ」と、正雄は優しく話しかけた。百合子は、父に反対されることはないと思っていた。けれど、万が一反対されたらどうしようと思っていなかったといえば嘘になる。緊張がすこし緩んだせいか、百合子は少し目が潤んできた。
「ありがとうございます。ぼくは、百合子さんを幸せにします」光一が頭を上げてしっかりとした口調でそう言った。しかし、正雄はふうっと小さく息を吐き、左右に首を何度か振った。
「柳田さん。それは違う。百合子を幸せにするっていうのは、やめてくれんか」正雄の口調はこれまでとは違って、少し厳しいものになっていた。光一は返す言葉が見つからない。ただ、口をつぐんで正雄の顔を見た。
「お父さん、どういうこと? 結婚に反対ってこと……?」百合子は思わず中腰になって、机に手をついた。厳しかった正雄の顔に、ふわりと優しい笑顔が戻った。
「……百合子は母さんによく似てるなあ」そういうと、正雄は少し足を崩した。そうして「いいかい、よく聞きなさい」とふたりに向かって話だした。
「二人の結婚を、許さないんじゃない。むしろ大賛成だよ、なあ母さん」そこまでいうと正雄は仏壇に飾られた写真を見た。
「幸せっていうのは、ふたりで作るものだって。……父さんな、プロポーズしたときに母さんに言われたんだ」そういうと正雄は、また百合子と光一の顔を見た。静かに張り詰めた空気が、和室の中に広がっていた。
「どちらか一方が、どちらかを幸せにするのが結婚じゃない。幸せはふたりで、作っていくものなんだってな」そこまでいうと正雄はにっこりと笑った。
「光一さん、すまんね。驚かせてしまって。ただ、光一さんと百合子のふたりで幸せな時間を作っていってほしい。光一さんが百合子を幸せにするなんて、そんな傲慢なことは言わんでほしい。……父親からのぶしつけなお願いですが、聞いていただけますか?」そう言って正雄は深々とお辞儀をした。光一もあわてて「はい、もちろんです」とお辞儀をした。百合子はその二人の後頭部を見守る、仏壇の母の写真を見つめ「母さんって、すごいね」と心の中で笑った。
「さあさあ、お寿司、食べましょう。せっかくのいい寿司が乾いちまう」正雄はそう言って、「そうだ、お祝い事だから乾杯もしないとな」と、またあわてて立ち上がり台所へと向かっていった。光一は少し気が抜けたような表情になっていたけれど、「百合子のご両親って、すごい人たちだな」と、百合子に向かってほほ笑んだ。百合子も光一を見て「うん、すごいでしょ」と笑って返した。