「あ、お父さん! 光一さんはお酒飲めないっていったでしょ」お待たせしました、と正雄が足早に台所から戻ってくるや否や、百合子はつい声を荒げてしまう。お盆には茶色い小瓶とグラスが三つ乗っていた。
「ビールはダメだって言ってたじゃない。もう、お茶とってくるから」と立ち上がろうとする百合子を正雄はまあまあと落ち着かせようとする。「一杯ぐらいさ。一緒に飲みたいんだよ、父さんは」
そういって、小瓶のラベルを百合子に見せる。
「ビールじゃない、ホッピーだよ。ホッピーだけなら、ほとんどアルコール入ってないから。乾杯だけ、な?」確かに、ホッピーはアルコール度数一パーセント未満だ。ウイスキーボンボンでも、洋酒をたっぷり使ったケーキですら酔っ払う光一だ。けれど、ホッピーはウイスキーボンボンよりもアルコールは含まれていないだろう。光一もホッピーの瓶のラベルをまじまじと読んで「これなら一杯くらいは、飲めると思います。たぶん」と、笑顔でうなずいた。
「一杯だけでいいからさ、息子と酒を飲みたいんだよ。百合子が結婚するときに絶対にするって父さんの夢だったんだぞ」正雄は真剣な表情だ。そこまで言われると、百合子もしょうがないわねえと笑うしかない。
「本当に一杯だけにしてよ? 光一さん酔っ払うと具合悪くなっちゃうんだから」そう言って、グラスを光一に渡した。「父さんも、飲みすぎて絡んだりしないでよ。父さんは一杯だけで満足しないんだから」そう言って、父にもグラスを渡した。
かんぱーいと、三人の声が重なり合い、小さく響く。その声に誘われるようにして、庭のバラのつぼみも優しく揺れた。そこには確かに、幸せな風が流れていった。