タイミングを計ったようにヤンさんがフードオーダーを取りに来る。健一は、焼き物やつまみを適当に頼んでいる。元々健一は飲食店で働いていたこともあるため、食に関しては任せておいて問題ない。ネギ間、モモ、皮、つくね、軟骨、砂肝。私は、壁に貼られたメニューを眺めても、これ以外の部位はわからない。注文を済ませヤンさんが去った後、知らない部位を健一に聞く。
ヤンさんがいる時に聞くと、オーダーだと勘違いされかねないから、去るのを待った。
「ハツって何?」
「鳥の心臓」
「セセリって何?」
「鳥の首の肉」
「ちょうちんは?」
「卵になる前の卵黄」
「へぇ~」
私の問いにすらすらと答える健一。健一は生活に必要な雑学や食に対しての知識が豊富なので、ずっと高学歴だと思っていたが、実は高卒で、成績もあまり良くなかったと聞いたときは驚いたし、いまだに「大学どこだっけ?」と聞く時もある。
「で、どうなのよ?」
健一はホッピーをあおって一息つくと私に質問を投げかける。恋愛。仕事。面白い事。ひどい事。そんな全ての話題を対象にした「どうなのよ?」。健一は、そういう質問の仕方をよくする。そういう聞き方をされると、私は気の利いたことを返さないといけないと思ってしまう。「どうなのよ?」のほとんどが、私と田村について向けられていることは分かっていたが、一言で片付く話ではないし、語りモードに入るには酒量も時間もまだ早い。
「何それ。てか、健一は?婚活始めたんでしょ?」
「あ、そうそう、マッチングアプリな。でも、俺には合わないかな。多分もうやめる。」
「マジ?早くない?」
「どうなのよ?」に対する良い返しが見つからないため、私がさりげなく話題をすり替えた事に気付かず、質問に答える健一。話題のすり替えは仕事でもよく使うが、仕事だと言葉にとても気を遣う。何気ない一言で客が他の店に流れたり、入れるはずのボトルが入らないなんてことはしょっちゅうあるし、逆に何気ない一言で担当になったり、抜き物が入ることもある。そんな駆け引きなしにその場を楽しむ方法を忘れていたのかというくらい、何気ない会話のキャッチボールが嬉しくて、一瞬泣きそうになった。
健一は、悪い男ではないが、6年ほど彼女がいない。35歳になりこのままではやばいと思い婚活パーティーに参加したり、アプリを使って婚活を始めたという話を度々聞いていた。健一はマッチングサイトの、目が大きく加工された女の子の写真を見せてくる。