夏美は高木と目を合わせながら、初めての白を飲んだ。黒の味の記憶は薄れてはいたものの、違うということは分かった。何が違うのだろう? 香りかな? 他の席で黒を飲んでいる人を見ると気になってしまって、黒も頼みたいという気持ちがふと湧いたが、それはない、元彼のお気に入りだった黒なんて、私はもう飲みたくないはずだ、と打ち消した。
夏美と高木はこの店の定番メニューである枝豆と串の盛り合わせをつつきながら、あたりさわりのない仕事の話を続け、ほぼ同時に一杯目を飲み終えた。
夏美はまったくペースに気を遣わなかった。高木が特別に酒に強いという印象はなかったので、もしかすると、夏美のスピードに一生懸命ついてきてくれたのかも知れなかった。さすがに先に飲み干されてしまうのは男の沽券に関わるとでも思ったか。夏美の方が年下なら、間違っても高木より先に飲んではいけないと思っただろう。年上だということはこんなに精神的アドバンテージがあるものなのか、と初の年下彼氏になるかもしれない高木を見ながら、こういうのも悪くないな、と感じた。逆に、高木に無理をさせてはいけない、と二杯目は少しペースを落とそうと思った。
中をお替わりして二杯目を飲み始めると、高木は本題に入った。
「夏美さん、今日、僕が誘ったとき、ぶっちゃけどう思いました?」
ぶっちゃけ嬉しかったよ、というのは少し悔しい気がして、しばらく黙っていた。
「僕は、来てくれてすごく嬉しかったです」
こいつかわいいな、と夏美は思った。
「私も……嬉しかったよ」
高木が見せた安堵の笑顔の中に、後輩ではなく、男の顔を見つけた、と思った瞬間、夏美の心の中で“成果を求める恋愛”のスイッチがオンになった。
そのあと、高木のリクエストでモツ煮込みを、夏美のリクエストで海鮮サラダを注文した。
「夏美さんは、休みの日って何してるんですか?」という問いに始まり、互いを知ろうとする会話が続いた。高木が二杯目を飲み終えるのを待ち、夏美もあえて三センチほど残しておいたのを一口で飲み切った。
中をもう一度お替わりしたとき、夏美は思った。
これを飲み終わったらホッピーも空になる。もしホッピーをもう一度注文するなら、高木はまた白にするだろう。そうしたら、私は高木に合わせて白にするのか。高木がもしも「次は黒にしてみます」と言ったなら、「じゃ、私も」と黒にするのか。
それはないな、と夏美は思った。あまりにも主体性がなさすぎる。
ふと、高木に黒を飲ませたくない、と思った。高木がもしも黒を気に入って、白派から黒派に転向でもしたら、高木と二人でホッピーを飲むたびに元彼が自動的に頭をよぎることになる。それを自分がシャットアウトできるかどうか、夏美はまだ自信がなかった。未練はなくても記憶はある。
あのBGMはとっくに別の曲に変わっているのに、過去ばかり思い出してしまう自分が嫌だった。目の前の高木に申し訳ない気持ちも募ってきた。
気づけば高木はピッチが上がっていて、あと二口、三口で飲み終わってしまいそうだった。夏美は慌てて追いつき、追い越すと、ドリンクメニューを開いた。
ここで主導権を握らなければ。