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『幸せの香り』三島潤一

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 煙でくすんだ壁には等間隔でご機嫌なポスターが並んでおり、水着姿の女の子が大きな胸と大きなビールジョッキをこちらに向けて、微笑んでいる。テーブル席は、会社帰りのサラリーマンやOLで埋まっており、皆が陽気に共通の話題に花を咲かせている。彼らは本当に楽しんでいるのか、ストレス発散のために無理やり楽しそうにしているのかはわからない。ただ、この空間だけで言うなれば、景気が悪いとか暗い話題が多いとか、そういう閉塞感はまったく感じない。世の中のすべてが、これから先のすべての時間が、このお店のような活気のあるムードになればいいのになと僕は思う。この空間に居合わせている全員が、今この瞬間を幸せと感じているだろう。ガヤガヤとうるさいわりには、不快感がまったくない。僕の席の右手の方で入り口の扉が開き新しい客が来たが、満席のため引き返すことになったようだ。店員さんは申し訳なさそうに頭を下げ、入れなかった客も残念そうな顔をしていたが、それでも互いがなにかに満たされているような表情だった。店員さんは頭を下げながら、扉が閉まるのを待ち、扉が締まり切ると、体育祭の選手宣誓のような大きな声で、「はーい、お客様ぁ!」と言って、どこか奥の方の席から呼ばれた追加のオーダーを取るために駆けていった。

 「ジャスミンはどうして日本語を勉強しようと思ったんだっけ?」何度か訊いた質問だったが改めて訊いた。「本当にすごいと思うんだよ、外国に来て、働くとかさ」
 「たいていの子は日本の漫画やアニメが好きで日本語の勉強をはじめます。あとはアイドルやゲームが好きって子も多いです。広東語に翻訳された漫画やゲームを楽しいと感じるうちに、自然と日本に興味を持ち、オリジナルの言葉でその世界観を感じてみたいと思って勉強します。私のまわりにも、そういう子がたくさんいました。でも……」と言って、彼女はホッピーを一口飲んだ。ゴクリという音が聞こえてきそうだった。「でも私はそういうのじゃないです。大学に入れなくて、やることなくなって日本に行くことにしました。正直日本じゃなくても良かったんです。最初は、あいうえお、も知らなかったくらいですから」と言って恥ずかしそうに笑う。でも僕は一瞬、笑っていいのかわからなかった。その代りに、彼女はムチャですよねと言って大声で笑った。
 ジャスミンは単身日本に来て、日本語を勉強しながら、新大久保のカラオケ・ボックスでアルバイトをした。日本語学校やバイト先で、同じように日本語の拙い中国人やタイ人とも知り合い、心細くはなかったとか。そして2年間みっちり日本語を勉強し、生活することはおろか、そのまま日本で働くのにも申し分ないレベルまで日本に馴染んだ。ネットで求人サイトに登録し、何社か面接を受けた結果、この会社に入ってきた。とはいえ、僕らの会社は、立ち上げたばかりの社員十人にも満たない小さなウェブ制作会社だったし、社長含め全員が二十代の若い会社なので、大学サークルの延長のような雰囲気だった。ジャスミンにとってはハードルは低く、ラッキーだったかもしれない。デザイナー兼広告塔のような役回りで、「香港から単身日本に来て、ウェブ制作に奮闘中」そんなキャッチ・コピーと一緒に、社長と共にベンチャー企業を応援するサイトに紹介されたりもした。そもそも社長も当初は話題づくりという狙いもあったと言うが、いざ働いてみるとデザイン面でも想定以上のパフォーマンスも見せてくれているし、ムードメーカーとしても存分に存在感を出している。僕は彼女よりも年上かもしれないが、この行動力と精神力と強運にはただただ感心するしかなかった。

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