と言ったけど、許されなかった。
「今日はホッピーデーよ。だってホッピーデビューでしょう?ホッピーは一種類じゃないんだから。」
焼き鳥にはビールだろうと思って、正直ちょっと押しつけがましいのにもムッとしたが、揉めるほどのことでもない。素直にホッピーで焼き鳥を流しこんだ。正直いうと結構旨かった。いつも僕はビールを2杯にあとはハイボール。ひたすらハイボールだ。家で飲むときもコンビニでビールを2本、ハイボールを3本買って帰る。自分のいつも飲まないものを飲むというのは新鮮だ。だから人と飲むのは楽しい。自分が知らなかったということすら知らなかったことを知る事が出来るのが「人に会う」醍醐味だと思う。
このイベント用の700円で飲み食い出来るセットには焼き鳥が3本ついていたが、30分も経たずにお皿は空になった。
「まだ、行けるよね?チケットもあるし。」
30分ごとにお店を変えるのは少し慌ただしいが、話題が尽きなくて楽しい。2回目のデートにはぴったりのチョイスだ。彼女は僕より年下だけど、遊びなれているというか人をあしらい慣れている感じがする。学生時代だったら、こういう女性に惹かれることはなかったと思う。でも僕も社会に出てだいぶ経つ。転職も経験済みだ。面倒くさい女性ともつきあってきた。そういう今だから彼女のような人の「良さ」が分かるようになったのかもしれない。
3軒目もホッピーがあったので注文した。ビーフシチュー、リゾット。何が出てきてもホッピーは料理を引き立てた。結局5軒も回ってしまった。
「5回デートしたみたいになったね。」
と彼女は笑っていた。たしかに赤坂のお店を5軒もデートするには普通だったら1か月以上かかってしまうだろう。一晩で回れるのは面白かった。お店の雰囲気が変わるたびに話題も変わり、いろんな話が出来た。ネットで「ホッピーの飲み方」を検索して素人丸出しにしてホッピーを飲んだ。お店の人も嫌な顔ひとつせず、対応してくれた。敷居を高く感じていた赤坂が少し身近になった。
しっかりして見える彼女は年下と付き合うことが多かったらしい。でも本当は自分が甘えたいんだと気が付いて、年上の人を探していたそうだ。去年は一人でフィンランドにオーロラを見に行ってきたそうで、そういう行動力の凄さが人を引き付けると同時に人を遠ざけてきたのかも知れないと思った。
僕は賢い女性が好きだ。今まで賢い女性と付き合ってきたかというとそうでもない。でも自分の好みはと聞かれると結局賢い女が好きなんだ。人の好みというのは簡単に変えられないし、簡単に変わらない。彼女は僕のどストライクだと思った。
別れ際に
「また、誘っていいかな。」
と聞くと、彼女はこくんと頷いた。
それから外回りで新宿や池袋をまめに回っていたのだが、ホッピーののぼりがやたらに目につくようになった。同じ所は今までにも歩いていたはずだったのに、今までは全く目に入って無かったのだ。人間は不思議なのもだ。見え出すともう止まらない。ここにもホッピー、あそこにもホッピー。まるで自分がホッピーの営業担当になったようにのぼりを探して歩いてしまっている。