「わしが漁師をやめるのは死ぬ時だ」
予想通りの答えだった。本当は「だから一人暮らしは無理だって言ったじゃん」と、喉元まで出かけたが、グッと飲み込んだ。介護の仕事に就いている妻に至っては、「ウチで引き取るのを考えても良いけど……」なんて心配までしたが、じいちゃんが生まれ育った町を出るはずなどないと、僕が止めた。
「すぐに退院するから大丈夫だ」
しかし、じいちゃんの意気込みに反して、入院は当初の予定より長引いた。入院から半月ほど経った頃、じいちゃんは肺炎を患った。
三十九度近い発熱が数日続き、主治医からは「年齢が年齢だけに……」と、予断を許さない状況だと知らされた。
「大じいちゃんは、死んじゃうの?」
海斗の言葉は、僕が何度も心の中で自問自答していたものだった。子どもは素直だ。僕はそれを口に出してしまうと、現実味を帯びてしまいそうで心の中に閉じ込めていた。
「大丈夫、大じいちゃんは死なないよ」
そう、じいちゃんはまた海辺でホッピーを飲むに違いない。いつものように、至福の時を過ごすはずだ。
きっと、また……
「本当に、イルカさんなんかいるの?」
「いるさ、きっといる。まあ、父ちゃんも見たことないけどね」
「なぁんだ、見たことないのか」
その日も、波は穏やかだった。僕たちは、じっと海を眺めたが、やがて海斗はしびれを切らして、砂浜から石ころを見つけては海に向けて投げ始めた。
僕は両手を頭の後ろに組み、大の字になって寝転んだ。
高く大きな紺碧の空。全身に感じる砂の熱気。磯の香りと波の音。僕は今ここで、この瞬間をしっかりと記憶に留めておきたかった。
すると、海斗が「うわぁ」と感嘆の声をあげた。それを合図に、僕はゆっくりと体を起こした。
「本当にいたんだ……」
沖に数頭のイルカが跳ねる光景が、僕の視界に飛び込んだ。
「すごいね、イルカさん」
「ああ」
これが、じいちゃんが僕に見せたかった光景だった。
「おーい!スイカ切れたぞ!」
「あっ、大じいちゃん!」