「平野君なんかタバコ喫わないのに喫煙所きているもんねえ。飲み会も頻繁にやっているみたいね。すごく盛り上がっていたわよ、その話題でさ・・・。久住さん、声掛かってないんでしょ?」
ああ、生ホッピーか。あれ、気になっていたんだけどな・・・。
「まあ、それは仕方ないですね。歓迎会とか送別会なんかの公的行事以外は誘われても断っていますからね。」
「まあ、ねえ、でもさあ・・・ほとんどのことが喫煙所会議で決まっちゃっている、って感じにもしかしてなっちゃってる?」
「・・・そうかもしれませんね。」
黙然としたままこの状況についてなんと答えるべきなのか考えを巡らせた。
「つらかったら部長に私からそれとなく行ってあげようか?」。
見る人は見ている。そう思わせてもらって少し気が楽になった。そういう人がいることはありがたい。
「ありがとうございます。でも、ここは、なんというか変な対立軸を作りたくないところなんです。」
「ああ、そうねえ。わかる。」
「なんというか、ここで私が局地的に勝っても、後々全体的に良い方向にならないというか。」
「そうねえ、だから子持ちは立場利用して、とかって結局言われちゃう。」
「はい。だから、もう少し、何とかできないか、やってみます。」
横のラインから部長にそれとなく状況を伝えてもらう、というのは場合によっては有効だと思う。
浪川さんの提案には心が動いた。
部長はうちの会社で最年少で昇進した切れ者で知られている。
切れ者故に他の部署からもそのらつ腕をあてにされていて、今はマーケティング部と兼務になっている。それが多少ガバナンスを欠いている原因にもなっているのかもしれない。
だが、実力至上主義とその若さ故に「懐の深さ」みたいなものは当てにしてはいけない相手だと思っている。何よりも仕事の成果で人を判断するタイプなのだ。
だから、この人を相手にした場合は成果を出す前にごたごたを見せるのは憚られる。
私にもささやかな野心はあるのだ。
それに、いつも気にかけてくれるだれかがいるということが私の心に降り積もる澱を少しだけ希釈してれたのでまだなんとかなる気がしてきた。 正直なところ少し参っているのは同僚のみんながこの何とも言えない微妙な状況に日和見を決め込んでいることだった。
でも、もはや日和見ではないのかもしれない。
私を煙たがっている人のほうが多い。
私が提言した業務改善のせいで残業が減ったと思っている人たちがいる。
大したことをしたわけではない。会議報告資料のフォーマット統一や、ルーティーン業務の棚卸で重複しているものを統廃合したり、というホンの基本的なもの。
営業の仕事そのものには何ら悪影響を及ぼすものではない。むしろ本来業務である訪問や提案により時間をかけることができるようになったはず。