「でも、三日後には融通つくようになったじゃないですか。あちらさんも大丈夫、って言っているんだからわざわざ謝りに行く必要、ないじゃないですか。無駄じゃないですか。そんなの」
幸いなことにココノエデリカの資材課長は3日の納期遅れを了承する旨のメールを送ってきてくれていた。
それでもこちらの全面的なミスで起こした納期遅れであり、他支社の在庫が融通できたのも本当に単にラッキーなことだったのに、事の重大さを平田は全く認識してない。
そもそも融通可能にするための交渉を行ってなんとかしたのはこの私なのだが。
平田がなんとかしたわけではない。
「でもね、こういうのは取引先との信頼関係を維持するためには大切なことなんだよね。」
「久住さんは、わりと頭が古いんですね。」
「そうかな。Google社のワークルールの基本は会ってコミュニケーションをとることらしいよ。それが創造的な仕事を可能にする大切なファクターだって。」
「へえ、そんなもんですかね。」
「そういうものです。特に、お客様には。です。」
この子はモンスターなのだ。
子供を育てるほうがよっぽど楽だ。
何とか無事にこの訪問を終わらせて早く娘の顔を見たいな、と思った。
「久住さん、これさあ、タクシー使う必要あったのお?」
翌日、交通費精算申請を見た課長から朝一でダメだしがあった。
「先方の終業時が過ぎていたので、できるだけ早く納期遅れのお詫びに伺うべきと判断しました。」
「それってさあ、その前に私に報告する必要があると思わなかった?」
「申し訳ありません。先に課長に報告すべきでしたが事態の収拾と一刻でも早いお客様への報告をとの思いで頭がいっぱいで失念しておりました。」
「久住さんさあ、あなたさあ、いい加減さあ、ベテランなんだからそういう言い訳ってどうなのよ。」
「はい。おっしゃる通りです。私の未熟さで課長に不愉快な思いをさせて申し訳ございません。」
実のところ報告しても課長自身が何か行動をするわけでもないのは百も承知なので、報告する時間だけ無駄と判断していただけ。だから、いまは少しの間、この嫌味の嵐が通り過ぎるのをただじっとこらえるだけ。
それ自体はそんなに難しいことではない。
浪川さんは煙草を嗜む。
「あなたのところの課長、いつ行っても喫煙所にいるね。」
浪川さんは隣のラインの係長さん。
二人のお子さんは既に社会人になってあとは定年までのんびりよ、とおおらかに笑う肝っ玉母さんで、私にとっても一つのロールモデル。
なにかと気さくに声をかけてくれる。
「そのようですね。」