「ありがとう。あの人もきっと喜んでるよ。これ、そこに貼っていい?」
「もちろんです」
奥からピンを持って来た女将と一緒に、私はポスターを壁のメニューのない部分に貼り付けた。あらためて見ると、写真の中の人たちは皆、ホッピーを手にいい顔で写っている。
「そうだ」と彼氏がカバンの中から何かを取り出した。どこかで見た形のカメラ。
「それって……」
「ポラロイドです」と、彼はカメラを手に持って構えた。
「まだあったんだ」
「一時生産中止になってたんですけど、数年前に復活したんです。スマホやデジカメは便利だけど、その場でプリントして見れるってのが新鮮で、今、カメラ好きの若い人にも人気だったりします。ボディはクラシックをベースにしながら、よりスタイリッシュになってますし、もちろん操作性やレンズの品質も格段にアップグレードされてます」
饒舌に話し始めた彼に、「また始まった」と彼女が茶々を入れる。
「せっかくなんで、記念に一枚どうですか」と彼はカメラを私と女将に向けた。
「ほら、これ」と彼女がジョッキを渡してくる。
女将は写真立てを胸の前に掲げ、私の横に並んだ。
「いきますよ……はい、チーズ!」
シャッターが切られるとともに、カメラの下から印画紙が出てきた。彼はそれをつまんでテーブルの上に置いた。グレーの色のプリント面から画像が現れるまで、しばらく時間がかかるだろう。
「ちょっと貸してくれる」と言って、私は彼からカメラを受けっとた。
横から見ると三角形に見える懐かしいフォルム。しかし角は丸みを帯び、カラーもややポップなところなど、現代的なアレンジが施されてある。
ファインダーを覗き、レンズをカップルの二人に向ける。気づいた二人はテーブルに座り、ジョッキを手にした。私はゆっくりシャッターボタンに指をかけた。
店はいつの間にか席が埋まっていた。
女将はカウンターの中で忙しそうに動きながら、常連と思われる客との会話を楽しんでいる。テーブルでは、すっかりできあがった様子の彼女にカメラを向けた彼が、おしぼりを投げられている。
私はカウンターでアナゴ天を頬張っていた。サクサクとした衣と柔らかな身のバランスは、冷えてしまっていても十分にうまい。ジョッキを傾け一気に飲み干した。ホッピーとの相性も悪くない。空になったビンを見て、げんさんの言葉がよぎった。
……あの時、一杯目のジョッキを飲み干した私は、ホッピーを注ごうとして手を滑らせ、
床に落として割ってしまった。謝る私を制し、げんさんは丁寧にガラスを拾い集め、女将はモップで床をふいた。そして、新しいホッピーを持ってきたげんさんは、私のジョッキに注ぎながら、満面の笑みでこう言った。
「ええか、割っちまってもまだホッピーはある。失敗したら、何回でもおかわりしたらええんや」
壁に貼られたポスターには、さっき撮影した写真がピンでとめられていた。ジョッキを手にした2組の被写体にはやはり、ほっとくつろいだ笑顔があった。
私は女将に向けて、ホッピーのビンを掲げた。
「ソト、おかわり!」