「はい、ホッピー2つ!」女将はよく通る声で繰り返し、テキパキとした動きでジョッキを用意し始めた。どうやら一人で店を切り盛りしているようだ。では、あの人は……
「はい、ホッピーお待たせ!」
そう言って女将は、焼酎が入ったジョッキとホッピーのビンをカウンターに、続いてカップルのテーブルに置いた。
「アナゴ天、もうちょっと待ってねー」
「全然、大丈夫です」
微笑んでカウンターの中へと戻る女将に、私も笑みを返した。
「これって、どう飲むん? このジョッキに入ってるのは?」
カップルの彼女が彼氏に小声でつぶやく。
「うーん、何やろ?」
「あれ、お客さん、ホッピー初めて?」
二人の様子に気づいた女将が、カウンターから首を伸ばす。
「あ、俺が……」と女将に声をかけ、私は振り返った。
「このジョッキに入ってるのは焼酎。焼酎で割って飲むんがホッピーの基本なんや」
「……関西弁」
ちょっと意外そうな顔で、彼女は私を見た。
「そら横浜にも関西人はおるで。君らどっから?」
「神戸です」と彼氏が答える。
「こっちには旅行で?」
「ええ、卒業旅行というか、もうすぐ社会人なんで、二人の大学生活最後の思い出に」
「どこ行ったの?」
「ディズニーランド行って、東京回って、ここが最後です。観光サイトにディープな横浜ってあったんで、どんなところかなって」
「そう、間違いなくディープよ」
聞こえていたのか、アナゴを揚げていた女将が口をはさむ。
「そうなんや。でも卒業旅行のわりには案外地味やな。海外とかやなくて」
「いや、こっち来るのも初めてなんで、海外みたいなもんです」
と彼氏は照れくさそうに笑った。彼女が穏やかな表情で彼を見ている。二人とも黒髪でアクセサリー類もつけておらず、彼女は化粧っ気もあまりない。今時の大学生にしては素朴な印象を受ける。
「卒業ってことは、もう就職も決まってるん?」
「はい、僕はカメラの販売店で」
「カメラ好きなの?」