お部屋は、いつもお母さんが隅々まで綺麗にしてくれています。机の上に、赤い電車のおもちゃとたっくんの写真が飾られています。
たっくんは、誰にも見つけられないように考えた秘密の隠し場所から、飴が入っていた缶を取り出しました。
それを開けると、一円玉がぎっしり入っていました。
たっくんが、お父さんの肩を叩いたり、車の掃除を手伝って、もらったお小遣いを貯めていたのです。
前に、中身を数えた時に、二百枚以上入っていました。
「どこかな」
飴の缶を手にしながら、お父さんがホッピーをどこで買っていたのか、思い出そうとしています。
たっくんの好きなお店は、車で行かなくては行けない『デイクマ』です。ここはソフトクリームが売っているから好きです。
でも、『デイクマ』で買っていなかったように思います。
「ホッピーはどこにあるんだろう」
目をつむって考えます。
お父さんがビニール袋に入ったホッピーを片手に帰って来た姿を思い出しました。
お母さんがそれを受け取りました。
『まだあるよ?』
『コーボさんが安売りだったから、買って来た』
『そっか』
「コーボさんだ」
コーボさん。
それは、たっくんのお家から歩いていけるお店です。本当は『コーボストア』という名前で、おじさんとおばさんの二人でやっているお店です。
おじさんはいつもバイクで配達に出かけているから、お店には、おばさんしかいません。おばさんは働き者なので、商品を並べたり、倉庫にいたりと忙しくしています。だから、たっくんがお母さんと一緒に行く時もレジでお母さんが『お願いしまーす』と大声で、おばさんを呼んでいます。
お皿を洗い始めたお母さんにバレないように、こっそり、たっくんはお家を出ました。
家の外は、とても広く感じました。
たっくんは、さっきよりもドキドキしながら道を歩きます。
足を進めていると、一つ心配になりました。
コーボさんへ行く途中の元中華屋さんの脇に、チャウチャウ犬がいるのです。
毛がモコモコしていて、体がとっても大きい犬です。
もうお店は営業していないのですが、人は住んでいるらしく、脇のプロパンガスが並んでいる所でチャウチャウ犬が飼われています。フェンスに囲われているので、安全ですが、細い網目越しに吠えるチャウチャウ犬が大迫力で怖いので、いつもお母さんの横に隠れて、そこを通っていました。
しかし、今日は一人なので、どこにも体を隠すことができません。
でも、お父さんにホッピーをプレゼントしたいから、頑張ることにしました。
元中華屋さんの所に来たので、足を止めて様子を見ます。
チャウチャウ犬はプロパンガスの前で寝ていました。