ライブが終わると会場が静かになった。参加者全員が疲れてぐったりして、中には疲れ切って座り込んでしまう人もいた。しかし、全員が充実感でいっぱいの表情をしていた。間もなく、一人また一人と満足した表情を浮かべながら、会場をあとにした。
酒井は、会場を出る際にホッピハッピがいたステージを一度ちらっと振り返った。
「あの三人は本当に輝いていたな」
ホッピハッピのライブ後の酒井は、自分でも理由はわからなかったが、何か急にやる気がみなぎってきたような感じがした。
これまでは何事に対しても冷めた様子でいたのが、仕事においても感情を表に出すようになった。
会社の命運をかけた一大プロジェクトにおいても、中心となって他の社員を引っ張っていき、プロジェクトを見事に成功させた。
今日はそのプロジェクトの打ち上げの日だった。酒井は会社の仲間とともにプロジェクトの成功を心から喜んだ。
大いに盛り上がった打ち上げの帰り道、酒井はふと急にあの店に行きたくなって、一人でその店へ歩いていった。
その店は以前に大麦と言った飲み屋であり、ホッピハッピの曲を初めて聴いた場所でもあった。
酒井が店に入ると、店内にはいつものようにホッピハッピの客が流れていた。今や、酒井にとっては、最高にテンションが上がる曲であり、逆に最高にリラックスできる曲でもあった。酒井は席につくと、さっそくホッピーを注文した。
少しすると、店員の女性がホッピーを持ってきてくれた。女性はホッピーを酒井に渡すと、ウインクをしてカウンターに下がっていった。
酒井は一瞬ドキッとした。その女性が美人だったこともあるが、そのしぐさに何となく独特で不思議な雰囲気を感じたからだ。
酒井はその女性をどこかで見たことがあったかなと考えた。
「そうだ!」
酒井は思わず声を上げてしまってあわてて口を押えた。「あの女性はホッピハッピのメンバーだ!」と酒井は心の中で思った。
酒井は「さっきの女性は三人のうち誰だ?」と思ったが、考えるのをやめた。ライブのときにずっと三人を見ていたが、三人の区別は全くつかなかった。それに、以前に大麦も言っていたが、酒井にとっても三人がなぜ似ているのかといったことは、今やどうでもよかった。
酒井はちらっと店のカウンターを見た。一瞬だが、そこには同じような顔つきで、同じような格好をした女性が三人いたように見えた。
酒井は慌ててカウンターのほうに駆け寄っていこうとしたがやめた。そして、グラスに残っていたホッピーを飲み終えると、ホッピーをもう一杯注文した。店員の女性がホッピーを持ってきてくれた。
「はい、ホッピー!」
と言って、女性はホッピーをテーブルの上に置いて下がっていった。
酒井は、女性の背中に向かって小さな声で「ハッピー」と言った。
女性の表情は見えなかったが、酒井には女性がかすかに笑ってうなずいたような気がした。
酒井はホッピーを飲みながら、店内に流れるホッピハッピの曲を幸せそうに聴いていた。