声に出して言ってから「フン」と鼻で笑った。54歳にもなるおっさんが誕生日もないだろうと思った。誰かに祝ってほしいわけではない。一人で部屋にいたくなかっただけなのだと心に言い聞かせる。
「夜中に、こんなところで何してる?」
ドローンから声がした。さっき見たドローンがすぐ横まで来ていた。チカチカと光った。カメラが付いている。撮られていると思った。
「誰だ、君は⁉」
「拙者はツキノセ キンノスケと申す」
ドローンが返事をした。からかわれている。ふざけたヤツだ!
「ドローンは禁止だぞ!」
酔った勢いで手を振り上げた。そのとき手がホッピーの瓶に当たり転がった。カランカランと転がっていく。
「お主、そこで酒を飲んでいるのか?」
言い返す言葉を考える。ドーーンと花火の音がする。頭上で花開いた火花は暫くすると夜空に溶けるように消えていった。
横を見るとドローンがいなかった。光りを発しながら暗闇の中に消えていくのが見えた。
あれはいったい何だったのか。管理人なら屋上へ上ることもある。だが飲酒をしていたとなると別だ。管理会社に通報されたら厄介なことになる。この仕事は自分に合っているし住人とも仲良くやっている。辞めたくない。今日屋上に来ることは誰も知らないはずだ。来るときに住人に見られないよう細心の注意を払った。それなのにここにいることを知っているかのようにドローンが現れた。
ドローンの持ち主を捜さなくてはならない。一番怪しいのは403号室の伊藤さんだ。写真が趣味で日本全国飛び回っている。撮影旅行から帰ってくると、土産と一緒に撮影話をしていくのが通例になっている。
伊藤さんがいつか行きたいと言っていた場所がある。青森県の下北半島の海岸沿いにある仏が浦という海岸だ。巨大な岩がある。昔の人はその姿を見て「鬼か神でなくては創ることはできない」と信じ、浄土のイメージと重ねた。
仏が浦の奇岩は1500万年前に海底火山の噴火でできたものだ。長い年月の間の風と波の浸食で現在の形になったのだという。いつかドローンで空から撮影したいと伊藤さんは夢を語っていた。
その時の話で心に残ったことがある。干潮時にしか行けないが、仏が浦には「不老長寿の水」と言われる湧水があるという。ちょうど母が病んでいたときだった。できればその水を飲ませてやりたいと思った。
考えれば考えるほど伊藤さん以外に考えられなかった。彼なら俺が時代もの好きということも知っている。
どうやって口止めをしよう。足元を見られて軽蔑されるのは嫌だ。
それとなく探ってみることにした。
4階にある伊藤さんの家はベランダからよく物を落とす。ハンガーだったり洗濯ものや洗濯ばさみだったりするのだが、1階の住人からよく苦情がくる。1階には前庭があるが、上から物が落ちてくると危険で庭に出られないというのだ。小さなものでも角のある硬いものだと怪我をする危険があった。注意を促すが、悪気のない伊藤さんの落し物は一向に減らなかった。
苦情が来たことにして、巡回の途中で403号室に寄ってみることにした。しかし今は落し物の届けはない。
自宅のクローゼットから空いたハンガーを持ち出し403号室へ向かった。