そう言った麻由子は、隣に座る若い俺に向かってまた小さくクスッと笑った。若い俺も麻由子と見つめ合って笑っている。
何だ?なんだ、何なんだ?夢をみている50歳過ぎの俺は物凄く疎外された気分だ。
「えっーそれっていいの?だってデートでしょ。別行動って有り得ない!」
友達が大きな身振りで麻由子に言いながら隣の若い俺に全否定の視線を向けた。
「そんな事ないよ!逆に、この人なら結婚しても自分を変えなくてもいいんだなって思ったの!ねっ」
若い俺達はまた見つめ合って笑っていた。
そう言えば、若い頃の麻由子は俺と一緒に過ごす時間と同じくらい一人で過ごす時間も大切にしていた。そんな麻由子を思って俺はあの時、別行動もありだなと思ったんだった。お互いに好きなものを好きなだけ見て、買い物をして1時間後にまた合流して一緒にご飯を食べる。あんな店があった、こんな物があったとその後の会話も弾んでいた事を思い出した。
麻由子はあんな事がキッカケで俺との結婚を決めたのか。
「ねぇ、ここに3畳くらいの小さい部屋が欲しい」
狭いマンションのダイニングテーブルに座る俺の前には、さっき居酒屋で見た麻由子よりも髪が長くなって心なしか顔も年を取ったような。
あぁ、夢が変わったのか。
ダイニングの奥には三人の子供たちが両手両足をあちこちに向けて眠っている。長女の春香は確か小学1年だった。真ん中の弘樹は幼稚園、末娘の幸はまだやっと1歳だった。手狭になったマンションから近い場所に土地を買って、フリープランの家の設計をしていた頃だ。
「納戸か?それならこっちの北側でもいいんじゃないか」
「違うよ、」
訝しげに俺を見る麻由子。
「納戸じゃない?あっ、書斎とか?それならいらないよ!子供たちにだっていずれはひと部屋ずつ必要だろうし、俺の部屋はいいよ」
俺は顔の前で慌てて手を振った。
「そ、そうね・・・」
いつもはっきりと自分の意見を主張する麻由子には珍しく、言いたいことを飲み込んだような気がした。
(あっ)も、もしかしてあれは、麻由子の部屋が欲しかったのか?
そうなのか?!
でも、結果、麻由子の部屋は作らなかった。その反動で、今頃になって自分の部屋を。俺に何の断りもなく、当たり前のように着々と一人で作り上げてしまった。あの時麻由子の気持ちを察してやれなかった俺への仕返しだろうか?それならば、急に妻が遠くに感じた俺の思いは間違っていなかったと言うことになる。
妻はやっぱり俺を遠ざけようとしているのだ。
牛乳配達の瓶がぶつかる(カチャカチャ)と言う音で目が覚めた。窓の外に視線を向けるとまだ薄暗い。8畳の洋間の真ん中にデンッと置かれたダブルベッド。広いそのスペースの端っこに寄るようにして寝ていた俺は片手がゆうに伸ばせるベッドの空間を見てため息を吐き出した。
ぼんやりと(妻の部屋)の方に視線を向ける。あまりにリアルな夢だった。