結菜は無性に弘道に会いたくて仕方なくなってしまった。
一緒にホッピーで乾杯したい。くだらない話をして、笑い合いたい。
店主に勧められて、ちょいとジョッキを傾ける。料理はどれも凝っていて、特に新鮮なお刺身はホッピーによくあった。
結菜は全部で三杯飲んで、店を後にした。火照った体に、涼しい夜風が気持ちいい。
(つぐみさんの助言通り、弘道とちゃんと仲直りしなくっちゃ。週末、会いに行こうかな)
結菜の心は一点の曇りもなく、すかっと晴れやかだった。
弘道と連絡を取らないまま一週間が経った土曜日、結菜は意を決して家を出た。弘道が住むアパートは、ここから電車に乗って三つ目の駅近くだ。
ゆったりしたワードロープの中から、ジーパンとTシャツを取り出す。もし仲直りすることができたら、この前のもんじゃの続きをしようと考えて、あえてラフな格好にした。
横断歩道を渡り、商店街を抜けて、駅前にずらりと並ぶ飲食店の中ほどで、ぱたりと足を止めた。
黄色いホッピーののぼりが、風にパタパタはためいている。開け放しの扉から、おいしそうな匂いがふんわり漂ってくる。
カルティエの腕時計に視線を落としてみれば、もうじき17時半だ。
(せっかくだから、景気づけに一杯飲んでから行こうかしら)
そう思ったのだが、まだ準備中なのかもしれない。この前とは打って変わって、こぢんまりした店内は閑散としていて、店主が紺色のポロシャツを着た男の人と何やら楽しそうにおしゃべりしている。
「あっ、どうも」
扉の前に佇む結菜に気づいたらしい。店主が軽く会釈してくる。
カウンター席でホッピーを飲んでいた男が、ゆっくり振り返った。
「あっ!」
結菜と男の声が同時に重なった。
「なんでここにいるの?」
「結菜こそ、どうして?」
驚く二人を交互に見比べて、店主が興奮気味に叫んだ。
「うそ。まじ? 弘道の彼女? お前、こんなかわいい子とつきあっていたのかよ」
「ま、まあね」
弘道がまんざらでもない様子で照れ笑いを浮かべる。
詳しく話を聞けば、ここは店主の勝也さんが一年半ほど前にお父さんの店を引き継いで新規オープンしたらしく、幼馴染の弘道はそのときから常連客らしい。
「まったく、どうして黙っていたんだよ。紹介してくれればいいのに、水くせえなあ」
「いや、まあ。そのう……」
言葉を濁す弘道を横目で見て、結菜ははっとした。
(いけない。私のせいだわ)
一瞬の沈黙のあと、努めて明るい声を響かせた。
「私もホッピー飲もうかな。いい?」
「う、うん」
結菜がカウンターの上の茶色い瓶を指差す。弘道が少し驚きながらも嬉しそうにジョッキにトクトク注いでくれた。
「かんぱーい」