つぐみさんは間違いを指摘してくれる貴重な存在だ。きっぱり言われても、不思議とまったく嫌な気がしない。世間一般ではそうなのだと痛感して、自分が大きな勘違いをしていることに気づかされる。
「彼はさ、結菜ちゃんとの将来をちゃんと考えて、真剣にお付き合いしたいと思っているんじゃないの? だから、わざわざタイミングを見計らって誕生日を境に行動に移したんじゃないかしら。早いとこ、仲直りしちゃいなさいね」
つぐみさんが励ますようにポンと背中を叩いてくる。
「私なんて、結菜ちゃんより五つも年上なのに、もっぱら居酒屋デートばかりよ。しかも、割り勘。たまにはおごってもらいたいわよ。トホホホホ。
そうだ。結菜ちゃんもさ、大衆酒場に一度行ってみれば? ビールを飲みながら、飾らずにおしゃべりできて楽しいわよ」
気がつくと、すでに三時間近く話し込んでいた。外はすでに日が暮れかかっていて、空は赤く染まっていた。
(やっぱり、来てよかったな)
すかっと晴れやかな気分で、夕暮れどきの道を歩いていく。
駅前のスーパーに寄ろうとしたところで、ふと鮮やかなまっ黄色ののぼり旗が目に留まった。赤文字で、<ホッピー>とでかでかと書かれている。つぐみさんから聞いた楽しそうな居酒屋デートの話が思い出されて、自然と足が伸びていく。
ガラス張りの扉を開けた先には、長いカウンターのほかにテーブル席が三つ置かれていた。壁にはずらりと手書きのメニューが貼りつけられていて、むき出しの天井から吊り下げられたランプがレトロな感じながら、どことなくおしゃれだ。
ざっと見た感じ、空いている席はカウンターの二席のみだ。一人で飲むには、ハードルが高すぎるだろうか。
入るべきか否か迷っていると、カウンターの中にいる若い店主とばっちり目が合ってしまった。
「いらっしゃい。ここ空いているんで、どうぞ」
結菜はこくりと頷いて、言われた通り一番右端の席にぎこちなく腰をおろした。
「何にします?」と、澄んだ瞳に質問されて、訊ねるつもりで、「ホッピーって」と、口にした。だが、言い終わる前に、キンキンに冷えた茶色い瓶とジョッキがどんとカウンターに置かれた。つづいて、お通しのたこわさが、添えられた。
(へえ。これがホッピーか。何だか楽しそうな名前だけど、どんな味がするんだろう?)
興味深そうにじっと見ていたら、爽やかな感じの店主が気さくに声をかけてきてくれて、ジョッキに並々と注いでくれた。
一口飲んでみると、ホップの香りが広がって、おいしい。苦みが少なくて、ビールっぽい風味がする。
(アルコール0.8パーセントか。すっきりしていて、スペインで飲んだノンアルコールビールみたいだな。
そういえば、旅行中は一人で高級レストランに行くことが憚れて、地元のビストロやバルに入ったっけ。日本でも、もっと気楽にいろいろ覗いてみたら、案外楽しいかもしれないなあ)
結菜はホッピーを半分ほどゴクゴク飲んで、ほっと一息ついた。
「ご注文どうぞ。ちなみに、おすすめは旬のアジのなめろうと梅じその肉巻きです」
「じゃあ、それ二つ、お願いします」
一つ離れた席では、若いカップルが肩を寄せ合って、串揚げをつまんでいる。後ろのテーブル席では、仕事を終えたサラリーマンたちがわいわい盛りあがっている。