そんなことを思いながら期待しすぎた自分がいけなかったのだとむしろ反省し、たまには大きく店を変えて飲むのもまた良いではないかと、失いかけた勢いをつけ直すようにジョッキの残りのビールをぐいっと一気に流し込み、さあこの勢いのまま二杯目のビールでも頼もうかというところで、先輩からのストップがかかったのだ。
お見合い番組などのクライマックスシーンでよくあるプロポーズの最中に、同じくその女性に好意を寄せている他の男が出てきて言う「ちょっと待ったー!」というやつである。こっちは失った勢いを取り戻そうというところだというのになにごとかと思ったが、きっと何か考えがあってのことだろうと、落ち着きを取り戻し、急にどうしたのかと聞けば、「わかってないね。」とこう言うのである。まったくその通りだ。まったく状況がわかっていない。そもそもあんたもこの店にくるのは初めてだろうになどと思いながらも、そうは言わずに黙っていると先輩は自分のホッピーの瓶を指差して、お前もまあ騙されたと思ってこのセットを頼めと言うわけである。
私はそれまでホッピーを飲んだことがなかった。先輩とよその店で飲んだ際に、中だの外だのと妙な注文の仕方をする飲み物があるというくらいの認識はあったが、それまで誰かに勧められたこともなければ、私は最後までだいたいをビールで通すことが多かった。先輩もそれを分かった上での勧めであったのだろう。そうでなければ騙されたと思ってという枕詞は不要である。そもそも、私はこの言葉にいつも疑問を感じるのだが、騙されたと思っているのに従うというのは、いかにも日本人らしい。損して得取れの考え方なのか、なんとも強引な話である。
とはいえこの日に限って先輩は、これを飲ませるためにわざわざ電車に乗ってここに来たとまでいうのだから、あくまで騙されているとは思わずに、私もここは素直に信じてその勧めに従ってホッピーセットを注文することにしようではないか。もしかすると、ディズニーペアチケットは副賞に過ぎず、現金百万円くらいのビッグサプライズがそこに待っているのかもしれない。私はカウンター越しに店主を呼びつけ、ホッピーセットと先輩の分の追加の中をそれぞれに注文した。
それでいいと言わんばかりのしたり顔の先輩を尻目に私は灰皿をとり、
ハイライトのメンソールに火をつけ、一息つきながら一体ホッピーというのはどんな味がするものであろうかと思いを巡らせていた。すると、それを見落とさない隣の男が言うのだ。
「この店はね、ホッピーが美味いんだよ。」とまるで、この店の常連客かのような口ぶりである。ほとんど空のジョッキを傾けては芝居じみた声でクーッとかカーッとか言ってくる姿はしかしどこか憎めない。そんなものを見せつけられてはこちらも一刻も早くその、美味いホッピーとやらを飲みたくなり、カウンター越しに店主の動向をじっと見つめていると、店主の持つ二つジョッキに入れられている氷が目についた。そしてそれはどうやら普通の、よく目にする四角いものではないことに気づいたのだった。それはすぐに私の眼前に運ばれ、その姿が明らかになったのだが、ジョッキに入っていたのは、かき氷のような状態になっている氷であった。かき氷といっても最近はやりのふわふわのものではなく、見るからにジャリジャリとした食感が残っていそうな、少し粗いものである。なるほど、これはいつもの焼きとんの店で見たことがない。私は自分のこの人生一杯目となるホッピーへの好奇心が高まっているのをかんじながら、早速、瓶を手に取ってはホッピーをジョッキに注ぎ、満を持してジョッキを傾けた。一口、そのままもう一口と気づけばぐびぐびといってしまい、ジョッキを口から離して、クーッと言い返すと、先輩は嬉しそうに笑ったのだった。