とまあ、そういう経緯があって、この先輩とは出会ってからの時間こそまだ二年ほどではあったが、それ以上に親しい仲であり、とても世話になっている人なのであった。
その日はというと、翌日のお互いのバイトも舞台の稽古も休みということで、そうとあらば何も気にすることなく大いに飲もうではないかという企てをし、どうせ同じ家に住んでいるのだから家で飲んでもよかったのだが、せっかくならということで先輩がかねてより気になっていたという店があるので行ってみようではないかということになったのだ。
よく私たちが家ではなく外で飲む際に使っていた店というものがあるのだが、その店はシェアハウスから歩いて七、八分ほどの場所にあった。店構えはそれほど古めかしくもなく、しかし綺麗というわけでもないような、奥に大き目のテーブルが二組と通路に二人がけのテーブルが三組、通路を挟んでカウンターが八席程度の広さはある店で、駅からもそれなりに近く、また場所が高円寺ということもあり、他の席からもちらほらと演劇の話が聞こえてくるというような、賑やかな雰囲気のいい店であった。なにより自分たちと似たような客層のこの店が実に居心地が良かったというのは間違いない。名物は焼きとん、あとは栃尾揚げが絶品で、他の料理もそれなりに美味いし、それでいて値段も安くまさに大衆居酒屋といった感じだ。外で飲むとあらば私はいつものようにてっきりそこに行くものだと思っていたのだが、先輩の気になっている店があるとなればそれに従うまでである。しかしながら店の場所がなんと荻窪だと聞いて驚いた。
荻窪で先輩と飲んだことなどそれまで一度もなかっただけではなく、それどころか、高円寺をわざわざ出てということがなかったように思う。
荻窪といえば、高円寺から駅数にしてほんの数駅ではあるが、先にも述べたように電車に乗ってまで行くというのはやはりよっぽどのいい店に違いないと私は思っていた。となれば期待が高まらずにはいられないでいた私は、駅から店までの道中、お目当ての店は果たしてどれであろうかと、看板を見たところで店の名前をわかっていないのでどのみちわからないであろうに、それでもキョロキョロ辺りを見回しながら歩いていた。それを見てか、先輩はもうすぐもうすぐといいながら、私の少し前を歩いていく。先輩の歩調もどこか軽い。それから少し歩いたところでついに先輩が立ち止まった。やっと到着かといざ店の方に目をやると、私たちの眼前にあったのは、なんのことはない、まるでいつもの高円寺の焼きとんの店となんら変わらない大衆居酒屋ではないか。私はきっと鳩が豆鉄砲を食ったようなかおをしていたことだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような顔なんて言葉を使うのも初めてだ。それくらいに私は意表を突かれていた。
その店は私にすればとりわけ気になるような店構えではなかったが、とはいえ肝心なのは料理と酒である。さていかほどのものか、私の期待はまだ完全に裏切られたというわけではない。さて、最初に注文していた一品が運ばれてきた。出来上がってきた自慢の牛すじの煮込みというのはたしかに値段の割には量もあってそれなりに美味いというくらいのものだった。普通ならそれで十分いい店なのだ。しかし、私の煽りに煽られていた期待感に答えられるほどの要素はそこにはなかった。二時間の特別番組で番組の最後に特大プレゼントの発表がありますというふうに告知されていて、番組の途中にも随所にそれに関する重要なキーワードがあるのだと、しかもその応募は番組終了後三十分間の電話受付のみであるなどと言われて、なるほどそれでは番組の初めからテレビに食らいついて離れないぞと意気込んで見たものの、発表された賞品がディズニーランドのペアチケットだったというようななんとも歯切れの悪い気持ちだ。あくまでディズニーランドのペアチケットは普通ならいい賞品だ。私はディズニーランドが好きだし、興味がない人を除けば、ディズニーランドが嫌いな人より、ディズニーランドが好きな人の方が圧倒的に多いだろう。しかし、ここでの問題は二時間引っ張るには弱いという点であって、そんな肩透かしを食らったような気持ちになったということである。荻窪までの往復を考えると、煮込みが多めで安いだけでは私には不釣り合いに思えた。ここまで来てようやく、私は自分の当てが外れていたということを理解する方向で頭を切り替えはじめていた。先輩としては、わざわざ電車で移動してまで訪れるに値するような店があるから行こうではないかというつもりでの提案、というわけでは初めからなかったのだと。少なくとも私には正直そうとしか思えなかった。