これが私の人生一杯目のホッピー。すごく美味かった。そうだったような気がする。きっとそうなのだと思うのだ。というのも結局その店の名前も、煮込みをたいらげたあとはなにを頼んだのかも、この日は先輩に奢ってもらったのかそれとも割り勘だったのかもはっきりとは覚えていない。しかし荻窪まで出ていく価値はきっとあったのだろう。とはいえ、現金百万円ほどの衝撃でもなかったような気もする。ディズニーリゾートペア宿泊付きを十組様に格上げされたといったところだろうか。まあ実際は二時間番組ではなく、往復の所要時間でせいぜい四十分ほどだったのだからよしとしよう。おそらくその日もいつもと同じような演劇のことを話しながら、楽しく飲んだというおぼろげな記憶しか、飲みの席については持ち合わせていないというのが正直なところだ。しかしそれもそのはず。この人と飲みに出て、その会の記憶が鮮明だったことなどそれまでただの一度もありはしなかった。
しかしそれからというもの、私は変わらず一杯目はビールを飲むものの、ホッピーも好んで飲むようになった。あの日ホッピーを勧められて頼んで飲んだいうところだけは鮮明に覚えているのだ。よく考えれば他の店の四角い氷でもやはりこの酒は美味いと感じているということは、ホッピーそのものが自分の好みに合っていただけなのかもしれない。中の違いでどう変わるのか比べられればいいのだが、そうはいかなかった。というのもあれ以来かき氷ホッピーの店には行けていないのだ。荻窪でのあの飲み会の後、間もなくして私は地元関西に戻ったというのが、その理由である。もちろん夢破れてというわけではない。もともと舞台稽古のための滞在であったこともあるが、なによりも一番は本腰を入れて俳優業に取り組むために色々と準備をするためであった。そして、やっとつい先日だ。上京がかなった。思惑通りにはいかずに一年も準備期間がかかってしまったが、新たな土地に拠点を移し、変わらぬ夢を追う新しい生活が始まるというわけだ。ツイッターを見ていた限りでは私が関西で忙しく上京に向けて動き回っているその間も例の先輩は相変わらず東京の小劇場を賑わせていたようだ。連絡を取り合わなくても相手が何をしているのか分かるとは、SNSとは便利なものだ。こうして同じフィールドにやって来たからには私も負けてはいられない。けれどもまずは先輩に飲みの誘いを入れることにしよう。拠点をこちらに移したことも直接報告しなくてはいけない。行きたい店はもう決まっている。店の名前はわからないので、それは先輩に聞かなくてはいけないが、かき氷ホッピーの店といえば伝わるんだろうか。そうだ、そのまま二軒目に焼きとんの店にもいって、最後は家に転がり込んでさらに飲み直すのもいい。酔っ払いすぎて、次の日のニュースに自称俳優の男として取り上げられるなんてことには気をつけなければいけない。あのキラキラ光る砕かれた氷みたいにぎっしりと思い出の詰まったこの土地での生活に、これからまた新たな思い出を注ぎ足していこうと思う。そうしていつかこの夢が叶うと信じながら、
自分に酔いながら、千鳥足でも人生をゆっくり進んでいくのはきっと悪くない。