「でもね、やさしいのは初日と次の日ぐらいで。後は日ごろの生活態度が悪いから風邪を引くって怒られた、いっつも」
太郎が「わかるわかる。おかんっちゅうのはほんまに、そういうこといいよんねん。風邪ひいてる時も容赦ないからね」
ってじぶんのおかんを思い出してるように笑った。
ロールキャベツの思い出は、そっくりそのままハルヲさんだった。
その話をし終えた後、喉に染みてゆくホッピーが、余計にハルヲさんを思い出させて、わたしは限界点を超えた。
ハルヲさんのことを、どうやって太郎に打ち明けたのかわたしは、二日酔いで覚えていなかった。
「ひっどい話やな。すっごい泣きじゃくってたんやで栞ちゃん。なんとしてでも探すって、」
「で?」
「だから、俺がそこに電話したんやん。片岡さんに予約入れたいんですけどって言うたら、予約とか指名とかはありませんから、どうぞいらしてくださいって笑おうてはって。だから俺が少なくとも片岡さんいう人はいるってことは、そのハルヲさんちゃうの? って興奮して振り返って栞ちゃんみたら、そのソファで眠ってはった」
「え? うそ。話つくった?」
「作ってへんよ。サビ聞き逃したりクライマックス見逃すタイプやな栞ちゃんは」
太郎は得意そうだった。
てなわけで、ふたりで<バーバー三宅>の店の前に来ていた。
「エリアシが長なってきてるし、バッサリ切ってもらうわ」
太郎とわたしは<バーバー三宅>の扉を開ける。
蒸気と消毒液の匂いが立ち込めていた。緑色のてかてかのビニル張りの椅子に座って待っていた。
「片岡さん、お客さんだよ」
案内してくれる男の人が名前を呼ぶ。
すたすたとスリッパがこっちにやってくる音だけがして、わたしはあぁこの引きずるようにする歩き方はハルヲさんに違いないと、確信していた。
店の中から視線を外して窓の外をみる。
サインポールがくるくると回っているのを見ていたら、いつかどこかの時間にあともどりするような感覚に取り囲まれた。
胸の鼓動はつい立ての向こうのハルヲさんにも聞こえるぐらい高鳴っていた。
そうだ、今日の夜はどこかで、ハルヲさんと太郎と3人でホッピーを呑もうと思う。わたしは遅れてきた約束が叶うことを願って、ハルヲさんがこっちにやってくるスリッパの音に耳を傾けていた。