豊富なランチの選択は、六本木に勤めるオフィスワーカー達にとって嬉々としている。由衣達もまた同じだった。
三人は同期の中でも歳が近く、研修の時代から意気投合して今年で2年が過ぎる。
会社は外資の為、留学経験のある美保や英文科の卒業の弥生はすんなりと溶け込み、着実に自らの地盤を固めている。
福利厚生がしっかりしてるという理由で入社した由衣は、英語で話すという事に妙な緊張感が今だに拭えず、自分はこのインターナショナルな環境で、かなり浮いた存在ではないかとつくづく思っていた。
少しでも上達させようと英会話教室に通うも続かず、オンラインの英会話レッスンでは、相手が何を言っているのかさっぱり分からず、由衣の心がオフラインになった。
多くの大使館も鎮座するこの六本木の地で、由衣は見えない壁を越える勇気が持てないでいる。
恵まれた同僚に感謝しているが、この会社に勤めていて果たして良いものかと度々申し訳なく思い、由衣は日に日にお別れが近づいているのを感じていた。
お目当ての定食屋につく頃、三人は額から汗を滲ませ、熱を吸収した体はカイロのように火照っていた
店はランチタイムの混雑を見込んでか店員が多く、ビジネスマン達は食事を終えると長居をしない。その為、回転が早く5分ほど待って席に着くことができた。
素早く注文を終え、氷水で喉を潤した美保がさっそく二人に取れ立ての話題を振った。
「ね、ね。そういえば聞いた?」
「何を?」
ピンクに高揚した頬を、ペタペタと香りの付いたシートで余分な油を吸着しながら弥生が聞く。
「本社から異動してくるんだって!人事の人!」
「え?本社ってアメリカの?」
「そうそう、さっきエレベーターの中で聞いちゃった。」
単調な仕事の時ほど、まるで転校生的イベント感が出てしまう。
「えー、いつだろ。カッコイイといいな。」
「弥生は彼氏いるでしょ。」
「関係ないわよ。目の保養だから。」
「すーっごい怖い人だったりして。」
由衣の一言で三人は固まる。恐らく自分が叱責される姿が安易に想像ができるからだ。
「ミランダみたいな?」
「ないわ〜…。」
「………。ここは一つ、神に祈ろう。」
三人は無言で頷き、どこの神様だかは分からないが、祈りを込めて黒酢あんを完食した。
こんな時、くだらない祈りでさえ誰かしら見ていてくれるかもと、希望が持てる日本の八百万の神々は心強い。
帰りは少しでも日差しを避けたいという弥生の提案で、遠回りにはなるが地下鉄に続く階段を下り、B1からオフィスに戻ることにした。