だが、あっけなく逃してしまった。同期入社の中で最もライバル視しているインテリくんに敗れたから、余計に悔しい。
正直なところ、とっととうちに帰りたかった。熱いシャワーを浴びて、ぐっすり眠り、一刻も早く忘れたかった。
なのに、ホッピーを焼酎で割り始めた高橋係長の話は止まらない。若かりし頃の武勇伝を得意げに語り尽くすと、思い出したかのようにプレゼン失敗談に戻っていった。
「テーマが悪いよな。父の日に贈りたいモノとコトバだなんて、杉崎くんには不利だったよなあ」
高橋係長は真剣に励まそうとしているだけなのだが、だからこそ、余計にその言葉一つ一つが矢のように胸に突き刺さってくる。
スバルはホッピーをグビッと煽った。まろやかな泡がシュワッと弾けて、心に優しく染み渡る。
父親が亡くなったのは、もうかれこれ十四年前。まだ八歳のときのことだった。それ以来、母ひとり子ひとりで暮らしてきた。
父親がいないことで同情されたくない。負けてなるものかと、必死に勉強に励んだ。並々ならぬ努力の甲斐あって、公立の進学校からストレートで国立大学に進んで、希望通り広告業界に入社した。
今回プレゼンをものにできなかったのは、屈辱的な挫折といっても言い過ぎではないだろう。事前に綿密なリサーチはしたものの、明確なイメージが湧かず、大々的な広告デビューという夢はあえなく散ってしまった。
高橋係長につきあって、スバルはホッピーを三杯飲んだ。焼酎割も勧められたが、二日酔いになることを恐れて断った。係長がぺらぺらしゃべっている間、スバルはプレゼンのどこをどう直せばベストだったのか、ひとり熟考し続けた。
古めかしい花瓶は、やはりレモン色の写真立てと栗鼠のオルゴールにはさまれて置かれてあった。間違いない。かなり色褪せてしまっているが、たしかにポップな白い字で、<ホッピー>と書かれている。
八月初旬のお盆前、スバルは実家に帰省していた。春以来の里帰りだ。
「ちゃんと、ご飯食べているの? ちょっと痩せたみたいだけど……」
母がほんのり甘い桃の香りがする紅茶を運びながら、話しかけてくる。母は専門学校で栄養学の講師をしている。息子の帰省に合わせて、一週間丸々休みを取ってくれた。
電話で話すたびに母の元気な声を耳にしていたものの、こうして久しぶりに会うと、少し老けたような気がする。単なる、気のせいだろうか。
「平気、平気」
スバルは軽く答えてから、朝顔がいけられたホッピーの瓶を持ちあげた。
「この瓶、昔からあったよね?」
「あっ、それね」