一本のホッピーをグラスに半分ずつ注ぎこむ。その上に、貴は大さじですくった特製ジンジャーシロップを二杯入れた。
「新ショウガとひねショウガのバランスと、シロップの煮詰め加減が味を左右するんだってさ」貴はそう言いながら、完成したグラスを「はい」といって弥生に手渡してくれた。
ひんやりとしたグラスに弥生はそっと口をつけた。グラスの中の飲み物は金色に輝き、しゅわしゅわとした泡をはじけさせている。口に含むと、ふわっとショウガの香りが鼻腔をくすぐった後、ぴりりとした刺激が口の中に広がった。
「……おいしい! シヨウガと、あとシナモンかな? ホッピーの苦みもちゃんと効いてるね」弥生はそういって、グラスに残っていたカクテルをごくごくと飲み干した。一気に飲み干してしまったのがちょっと恥ずかしくて「労働の後にのむと、さらに染みるね!」と、わざとおどけてみせた。その様子をみて貴はにこにこと嬉しそうに笑っていた。店の奥で片付けをしていた店長が「弥生ちゃんのお墨付きをもらったし、完璧だな。こりゃあ祭りは忙しくなるぞ」と張り切った声をあげた。
「じゃあ、弥生ちゃん。今日は売り子で頑張ってもらうからね! 途中でちゃんと休憩すること。暑いし、無理はしないでね」弥生は奥さんと出店の流れを確認する。「疲れさせちゃったら、貴に怒られちゃうわ」と、奥さんは笑いながら、ポンッとうちわで弥生の背中を叩いた。弥生は「頑張りまーす」と元気よく返事をした。
夏祭り当日、「小料理屋いなだ」はお店の前に長机を出して、そこで屋台のように販売するスタイルをとっていた。お祭りの日には店内で食事をする人は少ないらしい。みんなお祭りの雰囲気を味わいたいのだろう。店長特製の唐揚げ串は一本三百円。二本買うと五百円で、ちょっとお得だ。ドリンクは商店街のポスターにも掲載してもらった「サマージンジャーホッピー」一杯五百円。弥生は注文が入るとプラスチックのコップに、ホッピーと特製ジンジャーシロップを注ぐ係を任された。お会計は、座ってできるため、奥さんの仕事。ホッピーの瓶の蓋を栓抜きで開けたり、唐揚げを店内から出店へと運ぶなど、状況をみて動き回るのは貴の担当となった。
「小料理屋いなだ」は、商店街のはじっこ、通りをぬけたらすぐに八幡宮が見える。そのため、商店街を歩いて、神社へと向かうみんなの気持ちが充分に盛り上がっている。また、神社から駅へと戻るときにも、まだお祭り気分が抜けず、立ち寄る人が多い場所だ。
賑やかな笛と、太鼓の音が夏の風にのって響きわたる。夕方になり、すこし涼しい風が拭き始めるとお祭りに行く人の波が増えはじめた。浴衣を着た幼い女の子を真ん中にして、その子の手をつないで歩く親子。恥ずかしそうに、くっついて歩く高校生くらいの男女。バタバタと走りながら、境内へと急ぐ男の子たち。目の前を歩いていく大人も子どもも。みんなそれぞれがきらきらと輝いている。笑顔に満ちた人々の姿をみていると、弥生もなんだか嬉しくなった。みんながひとつの楽しみを抱えて、こんなにも幸せそうにしているなんて。なんだか、夢のようだった。